地下水路の異変
王都での生活初日。 レンたちがギルドの掲示板から剥ぎ取ってきた依頼は、お世辞にも華やかとは言えないものだった。
「……なぁレン。本当にこれやるのか?」
アリアが露骨に嫌そうな顔をしている。 依頼書にはこう書かれていた。 『王都地下水路の定期調査および害獣駆除。推奨ランク:C』。
「仕方ないだろ。王都の地理を覚えるには、地下を知るのが一番早い。それに、報酬も悪くない」 「でもよぉ、臭いし汚いし……私の新しいブーツが汚れるだろ」 「大丈夫。僕が汚れを弾く『膜』を固定してあげるから」
レンに説得され、三人は渋々ながら王都の地下に入っていった。
◇
王都の地下には、地上と同じくらい広大な迷宮(水路)が広がっている。 生活排水が流れるその場所は薄暗く、腐臭が漂っていた。
「うぅ……鼻が曲がりそうですぅ……」 「ミリス、マスク代わりの布だ。鼻の周りの空気を固定して、臭いを遮断してある」 「はぁ〜、生き返ります!」
レンの細やかな『固定』スキルによるサポートのおかげで、一行は快適に進んでいく。 当初の予定では、ジャイアント・ラットやスライムといった雑魚魔物を数匹狩って終わるはずだった。
だが、水路の奥深く。 一般人は立ち入り禁止の「第3区画」に入ったあたりで、異変は起きた。
「……おい、何かいるぞ」
アリアが足を止め、眼鏡のブリッジを押し上げた。 暗闇の奥から、複数の赤い光がこちらを覗いている。 ラットだ。だが、サイズがおかしい。 通常の個体は大きくても猫程度だが、目の前にいるのは大型犬サイズ。しかも、全身の筋肉が異様に肥大化し、毛が抜け落ちて赤黒い皮膚が露出している。
「グルルル……ッ!」 「なんだありゃ? ただのネズミじゃねえぞ」 「変異種……? いや、自然発生にしては数が多すぎる」
レンが警戒を促すと同時に、ラットの群れが一斉に襲いかかってきた。 その動きは異常に速く、そして狂暴だった。
「キシャァァァッ!!」 「速いッ! アリア、迎撃!」 「おうよッ!」
アリアが剣を抜く。 飛びかかってきたラットを空中で両断するが、斬られたラットは悲鳴も上げず、上半身だけで這いずりながら噛み付こうとしてきた。
「うわ、気持ち悪ッ! なんだこいつらの生命力!」 「痛覚がないのか……!? ミリス、焼却だ!」 「はいッ! 『フレア・ウォール』!」
ミリスが炎の壁を作り出し、群れを一網打尽にする。 さすがに炭になれば動かないようだが、それでも死ぬ寸前まで暴れ回る異常性は、生物としての理を外れていた。
戦闘終了後。 レンは黒焦げになった死体の一つを調べた。 解剖してみると、その胃袋からは、割れたガラス瓶の破片と、ドス黒い紫色の液体が見つかった。
「……これ、何かの薬か?」 「強化薬の一種に見えるけど……成分が凶悪すぎる。脳のリミッターを外して暴走させる類の劇薬だ」
レンの表情が険しくなる。 誰かが意図的に、この地下水路で魔物に薬を投与し、実験を行っている? 何のために?
「ねえレン、あそこ見て」
ミリスが指差した先。 水路の壁際に、隠し扉のような鉄格子があった。 その鉄格子の奥には、木箱が山積みにされているのが見える。 レンが『空間固定』で鍵穴のシリンダーを固定し、無理やり解錠して中に入ると、木箱の一つには見覚えのある紋章が刻印されていた。
「これ……王家の紋章じゃないな。どこかの貴族の家紋か?」 「ああ。……宰相ボルットン家の紋章だ」
レンが呟くと、アリアとミリスが息を呑んだ。 あの嫌味な宰相。 彼の実家であるボルットン侯爵家は、王都の物流を取り仕切る大貴族でもある。
「なるほどね。地下水路を『裏の物流ルート』として使っているわけか」
木箱の中身を確認しようとした時、奥の通路から複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。 重装備の男たちだ。冒険者ではない。私兵団か、あるいは暗殺者か。
「……誰だ、ここを嗅ぎ回る鼠は」
現れたのは、黒いフードを目深に被った男たち。 その手には、血塗られた短剣が握られている。
「見られたからには生かして帰さん。……始末しろ」
問答無用。 レンは木箱を『空間固定』でその場にロックし(証拠隠滅を防ぐため)、アリアとミリスに合図を送った。
「どうやら、ただのドブ掃除じゃ終わらないみたいだね」 「へっ、望むところだ。ネズミ退治のついでに、悪党退治といくか!」
王都の地下で、闇の組織との最初の抗争が始まろうとしていた。




