王都のギルドとSランク
王城での謁見を終えたその足で、レンたちは王都の中央通りにある『冒険者ギルド総本部』を訪れていた。
目の前に聳え立つのは、辺境の支部とは比較にならない巨大な石造りの建物だ。 5階建ての重厚な建築で、入り口には常に数十人の冒険者が出入りしている。
「で、でっかいですねぇ……」 「へっ、建物が立派でも、中身が弱けりゃ意味ないぜ」
ミリスは圧倒され、アリアは好戦的な笑みを浮かべている。 レンが扉を開けると、ロビーの熱気と喧騒が肌を打った。
広い。 吹き抜けのホールには数百人の荒くれ者が集まり、巨大な掲示板には無数の依頼書が貼られている。 レンたちが足を踏み入れると、一瞬、入り口付近の視線が集まった。
「……見ない顔だな」 「田舎もんか? 装備は……そこそこいいの持ってるな」
値踏みするような視線。 王都の冒険者たちは、辺境よりも目が肥えており、そして殺伐としている。 レンは無視して受付カウンターへ向かった。
「Cランクパーティ『銀翼』です。支部の移籍手続きをお願いします」 「『銀翼』……? ああ、あなたがたが」
受付嬢が書類を確認し、少し驚いたように顔を上げた。 王城での一件はまだ一般には広まっていないが、ギルド上層部には情報が回っているのかもしれない。
「手続きは完了です。……ただ、王都での活動には十分ご注意を。ここでは実力が全て。舐められると、依頼の横取りや詐欺に遭うことも日常茶飯事ですので」 「ご忠告ありがとうございます」
レンがカードを受け取り、振り返った時だった。
ザワッ……
突如、ホールの空気が変わった。 入り口の扉が静かに開き、一人の男が入ってきただけなのに、騒がしかった冒険者たちが一斉に口を閉ざし、道を開けたのだ。 まるで、猛獣が檻に入ってきたかのように。
「……ん?」
現れたのは、ボロボロの灰色のローブを纏い、背中に布で巻かれた長尺物を背負った男だった。 年齢は30代半ば。無精髭を生やし、死んだ魚のような目をしている。 一見するとただの浮浪者だ。 だが、レンの本能が警鐘を鳴らしていた。 ――強い。デュラハンとはまた違う、底知れない強者の気配。
「……あいつだ」 「『剣鬼』だ……」 「目を合わすなよ」
周囲の冒険者がヒソヒソと囁く。 男は誰にも目もくれず、カウンターへ向かおうとして――レンたちの前で足を止めた。 その虚ろな目が、レン、ミリス、そしてアリアを順に見る。
「……おい」
男がアリアを見て、掠れた声を出した。
「お前、その構え……『神鳴流』か?」
アリアの眉がピクリと動いた。 『神鳴流』。それはアリアの実家である剣聖の一族に伝わる剣術の名だ。
「……だったら何だ? あんた、何者だ」 「何者でもない。ただの隠居じじいだ」
男は興味を失ったように視線を外し、あろうことかアリアの横を通り過ぎざまに、彼女の腰にある剣を指先で弾こうとした。 挨拶代わりの挑発。 だが。
ガィンッ!
アリアが反応するより早く、レンが『空間固定』で見えない壁を作り、男の指を弾いた。
「……!」
男の足が止まる。 初めて、その目に生気が宿った。 男はゆっくりとレンの方を向いた。
「……魔法じゃねえな。無詠唱で、空間に干渉したか」 「うちの剣士に気安く触らないでもらえますか」
レンが静かに睨み返す。 周囲が凍りついた。 あの『剣鬼』に対して、田舎上がりの少年が喧嘩を売ったのだ。
一触即発の空気。 だが、男は怒るどころか、ニヤリと口角を上げた。
「……はっ、面白え。骨のあるルーキーが入ってきたもんだ」
男は殺気を収め、背中の荷物を担ぎ直した。
「俺の名はギルバート。一応、これでもSランクだ。……困ったことがあったら酒の一杯でも奢れ。相談に乗ってやるよ」
ギルバートはひらひらと手を振り、カウンターの奥にある「Sランク専用ルーム」へと消えていった。
「……Sランク」 「あの人が……人類最強の一角ですか……」
ミリスがへなへなと座り込む。 アリアだけは、男が消えた扉を鋭い目で見つめていた。
「ギルバート……。『隻腕の剣鬼』ギルバートか。まさかあんなところにいやがるとはな」 「知ってるの?」 「ああ。親父……今の『剣聖』と引き分けたことがあるっていう、生ける伝説だ。今は引退したって聞いてたが」
王都ギルド。 そこには、地方とは次元の違う化け物が、平然と歩いている。
「……上等だ」
レンは震えそうになる手を握りしめた。 恐怖ではない。武者震いだ。 ここなら、もっと強くなれる。
「行こう。まずは手頃な依頼で、王都の流儀に慣れるんだ」
『銀翼』の王都攻略が始まった。 だが彼らはまだ知らない。 Sランク冒険者ギルバートとの出会いが、王都の闇に潜む巨大な陰謀へと繋がる入り口であることを。




