謁見の間と洗礼
王城、謁見の間。 深紅の絨毯が敷かれた広大な広間の最奥に、この国の主、レグルス国王が鎮座していた。 その両脇には、豪華な衣装をまとった貴族や大臣たちがずらりと並んでいる。
「――面を上げよ」
重厚な声が響き、片膝をついていたレンたちは顔を上げた。 レンは平静を装っているが、隣のアリアは慣れない作法にガチガチに緊張し、ミリスに至っては今にも気絶しそうだ。
「其方らが『銀翼』か。辺境での働き、見事であった。数千の魔物を退け、将軍級の個体すら討ち取ったとのこと。誠に大儀である」
レグルス王は好々爺といった風貌だが、その瞳には知性と威厳が宿っている。 レンは恭しく頭を下げた。
「勿体なきお言葉です。我々は冒険者として、当然のことをしたまでです」 「うむ。謙虚だな。……だが、報告書にある『空間を支配する力』というのは、にわかには信じ難い。魔法とも違うようだが?」
王が興味深げに身を乗り出した、その時だった。
「陛下。騙されてはなりませぬ」
玉座の横に控えていた、神経質そうな痩せ型の男――宰相のボルットンが進み出た。
「たかが田舎の冒険者風情が、将軍級を倒すなどありえません。どうせ、魔物が同士討ちをしたか、別の要因で弱っていたところをハイエナしたに過ぎないでしょう」
宰相の言葉に、周りの貴族たちもクスクスと笑う。 彼らにとって、平民、それも子供が英雄扱いされるのは面白くないのだ。
「それに、Fランク上がりの小僧が『空間の支配者』などと……。王国の騎士たちを愚弄するにも程がある」
ボルットンは侮蔑の視線をレンに向け、そして意地悪く笑った。
「陛下。ここは一つ、彼らの実力が本物か『試して』みてはいかがでしょう? 我が国の近衛騎士副団長、ゲラルト殿に」
指名された大柄な男が、甲冑を鳴らして前に出た。 身長2メートル近い巨漢。背負っているのは巨大なハルバード(斧槍)だ。 Aランク相当の実力者であり、その武勇は王都でも知られている。
「……ふん。こんな子供の相手をさせられるとはな」
ゲラルトはレンを見下ろし、鼻で笑った。
「おい小僧。怪我をしたくなければ、嘘でしたと謝って田舎へ帰れ」 「……結構です。嘘じゃありませんから」
レンが淡々と答えると、ゲラルトの額に青筋が浮かんだ。
「舐めた口を……! 陛下、少々手荒になりますが、教育してやってもよろしいですかな?」 「……手加減はしてやれよ。許可する」
王が頷くと、貴族たちは「見ものだな」「平民が泣きっ面をかくぞ」と野次馬根性で盛り上がり始めた。 アリアが「私がやる」と腰を浮かせたが、レンはそれを手で制して前に出た。
「僕一人で十分だ」 「ほう、威勢だけはいいな!」
ゲラルトがハルバードを構え、殺気を放つ。 対するレンは、武器も抜かず、棒立ちのままだ。
「死ねッ!!」
ゲラルトが踏み込んだ。 床の大理石が割れるほどの脚力。ハルバードの穂先が、レンの首を刈り取らんと迫る。 速い。 だが、レンは動かない。
寸止めするつもりだろうか? いや、貴族たちの悪意を感じる。このまま「事故」として殺す気かもしれない。 ならば、こちらも容赦はしない。
ハルバードの刃が、レンの鼻先1センチまで迫った瞬間。
「――『空間固定』」
ガギィィィンッ!!
見えない壁に激突したかのような金属音が響き渡った。 ゲラルトの腕が止まる。いや、ハルバードそのものが空中で完全静止したのだ。
「な、なんだ!?」
ゲラルトが全身の力を込めて押し込もうとするが、ハルバードは岩盤に埋まったように微動だにしない。
「くっ、離れろッ!」
引こうとするが、引くこともできない。 レンがハルバードの「座標」を固定したため、この武器はこの空間から絶対に動かせないオブジェクトと化していた。
「嘘だろ……副団長の全力だぞ……?」 「指一本動かしていないのに……」
ざわめく貴族たち。 レンは涼しい顔で、動けないゲラルトに歩み寄った。
「次は、あなたの番です」 「なっ――」
レンがパチンと指を鳴らす。
「『人体座標・部分固定』」
その瞬間、ゲラルトの膝、肘、肩の関節周囲の空間が固定された。 まるで透明なギプスで固められたように、ゲラルトはその場から一歩も動けなくなる。
「ぐ、ぐぬぅぅッ!? 体が、動かん!?」 「呼吸はできるようにしてあります。……降参しますか?」
レンが問いかけるが、プライドの高い騎士は顔を真っ赤にして藻掻く。 だが、レンの支配下にある空間からは逃れられない。 剣を抜かず、魔法陣も展開せず、ただ立っているだけで国最強クラスの騎士を赤子のように無力化した。 その事実は、言葉以上の雄弁さでレンの実力を証明していた。
「……そこまで!」
王の声が響いた。 レンはすぐに固定を解除する。 支えを失ったゲラルトはその場に崩れ落ち、肩で息をしながら、信じられないものを見る目でレンを見上げた。
「み、見事だ……」
王が感嘆の声を漏らし、パチパチと拍手をした。 それを合図に、宰相や貴族たちも、引きつった笑みを浮かべながらまばらな拍手を送るしかなかった。 彼らの目は、侮蔑から恐怖へと変わっていた。 この少年は、王都の常識すらも通じない「怪物」だと理解したのだ。
「レンよ。其方の力、疑ってすまなかった。……噂以上の使い手だ」 「恐縮です」
レンは静かに頭を下げた。 隣ではアリアが「へっ、ざまあみろ」と小声で呟き、ミリスが「レンさんかっこいい……」と目を輝かせている。
こうして、王都での最初の試練――「貴族たちの洗礼」は、レンの完全勝利で終わった。 だが、これはまだ序章に過ぎない。 宰相ボルットンの目には、より深く、粘着質な憎悪の光が宿り始めていたからだ。




