開戦の狼煙(のろし)
北門の城壁の上は、パニック寸前の状態だった。
「ひ、ひぃぃッ! なんだあの数は!?」 「終わりだ……あんなの止められるわけがない……!」
松明の明かりが照らし出したのは、地平線を埋め尽くさんばかりの魔物の大群だった。 ゴブリン、オーク、コボルト。 それらが統率もなく、ただ「生きた肉」を求めて、濁流のように押し寄せてくる。 その数、目算で三千以上。 対する防衛戦力は、衛兵と冒険者を合わせても二百人足らず。
「総員、弓を構えろ! 撃てぇッ!!」
衛兵隊長の絶叫と共に矢の雨が降り注ぐ。 だが、先頭の数匹が倒れるだけで、後続がその死体を踏み越えて進んでくる。 焼け石に水だ。
「ブモォォォォッ!!」
先頭集団の中から、身長3メートルを超える巨体――『オーガ』が数体、城門に向かって突進してきた。 丸太のような棍棒を振り回し、防衛ラインを突破しようとする。
「じ、城門が破られるぞ!」 「槍隊、前へ! ……だ、だめだ、足が震えて……」
死の恐怖が伝染し、陣形が崩れかけたその時だった。
「――どいてください。射線が塞がります」
凛とした声が響いた。 衛兵たちが振り返ると、城壁の最前列に、三人の男女が立っていた。 中央に立つ黒髪の少年が、静かに右手を挙げる。
「ミリス。目標、前方中央のオーガ集団。……出力5%、連射モード」 「はいッ! いきます!」
少年の背後から、小柄な少女が巨大な杖を突き出した。 展開されるのは、いくつもの魔法陣。
「薙ぎ払え――『フレア・ガトリング』!!」
ドガガガガガガガッ!!!!
それは、もはや魔法というより「爆撃」だった。 少女の杖から、拳大の炎弾が機関銃のような速度で連射される。 レンの『魔力固定』によって最適化された弾幕は、オーガの巨体をハチの巣にし、背後のゴブリンたちごと吹き飛ばしていく。
「ギ、ギャアァァッ!?」 「グオッ……!?」
一瞬にして、前線に巨大な空白地帯が生まれた。 圧倒的な火力。 だが、攻撃は終わらない。
「アリア、抜刀。……刈り取れ」 「おうよ! 待ちくたびれたぜ!」
銀髪の少女が、城壁の上から躊躇なく飛び降りた。 高さ10メートル。普通なら自殺行為だ。 だが、彼女は空中に作られた「見えない足場」を蹴って再加速し、砲弾のように敵陣のど真ん中へ着弾した。
ズドォォォンッ!!
着地の衝撃だけで周囲のゴブリンが吹き飛ぶ。 土煙の中から現れたアリアは、眼鏡の奥の瞳を獰猛に光らせ、剣を横に薙いだ。
「らぁッ!!」
一閃。 ただの一振りで、周囲を取り囲んでいたオークたちの胴体が、鎧ごと両断されて宙を舞う。 絶対に折れない剣と、超人的な膂力。 彼女が通った後には、肉片しか残らない。
「な、なんだあいつらは……!?」 「すげえ……たった二人で戦況を押し返してやがる……!」
呆然とする衛兵たち。 その横で、レンは冷静に戦場全体を俯瞰していた。
「感心している暇はありませんよ。……来るぞ、第二波だ」
穴埋めをするように、さらに奥から魔物が湧き出てくる。 レンはリュックから、昨日仕入れたばかりの「大杭」を取り出した。
「ここからは僕の仕事だ」
レンは杭を空中に放り投げると、魔力を込めて指を鳴らした。
「――『空間支配・串刺しの刑』」
シュバババババッ!!
レンが投げた数十本の杭が、空中で静止……した次の瞬間、弾丸のように地面へ向かって射出された。 狙いは正確無比。 後続の魔物たちの足を、影ごと地面に縫い付ける。
「ギャッ!? ギィッ!?」
足を杭で貫かれ、動けなくなった魔物たちが将棋倒しになる。 進軍が止まった。
「今です! 動けない敵を魔法と矢で狙い撃ってください!」
レンの号令に、硬直していた衛兵隊長がハッと我に返った。
「そ、そうだ! 『銀翼』に続けぇぇぇッ! 奴らは無敵じゃない、殺せるぞッ!!」 「おおおおおおおおッ!!」
絶望は希望へ、そして熱狂へと変わった。 矢の雨が、レンによって足止めされた魔物たちに降り注ぐ。 一方的な殲滅戦。
レンは戦場のど真ん中で暴れ回るアリアと、城壁から爆撃を続けるミリスを見ながら、確信した。 いける。 このパーティなら、数千の軍勢だろうと食い止められる。
「さあ、長い夜の始まりだ。……一匹も通さないよ」
『空間の支配者』の瞳が、冷徹に光った。




