Cランク昇格と二つ名
『風鳴りの渓谷』でのワイバーン討伐から数時間後。 レンたちがギルドに戻ると、そこはすでに大騒ぎになっていた。
「おい、マジかよ……本当にワイバーンの素材だ!」 「あの問題児パーティが、空の魔物を落としたって!?」
カウンターには、解体されたワイバーンの巨大な翼と、鋭利な爪、そして高価な「竜種の魔石」が並べられている。 証拠は明白だ。 目撃した他の冒険者たちの証言もあり、『銀翼』の武勇伝は瞬く間に広まっていた。
「……レン君、あなたたちって、本当に規格外ね」
査定を担当したルナが、呆れたように、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「ギルドマスターがお呼びよ。……今回は説教じゃないから安心して」
◇
マスター室。 重厚な執務机の向こうで、グスタフはレンたち三人を見回し、満足げに頷いた。
「報告は聞いている。『試練の塔』の最速踏破に続き、格上のワイバーン討伐。……文句なしだ」
グスタフは手元の書類にサインをし、レンたちに差し出した。
「本日をもって、パーティ『銀翼』をCランクに昇格させる」
Cランク。 それは「ベテラン」の証であり、ギルドの中核戦力として認められたことを意味する。 かつてGランクのゴミ扱いされていたレン、武器クラッシャーのアリア、一発屋のミリス。 誰からも期待されていなかった三人が、結成からわずか数週間でこの地位まで駆け上がったのだ。
「やったな! これで高難易度の依頼も受け放題だ!」 「私たちがCランク……夢みたいですぅ」
アリアとミリスが手を取り合って喜ぶ。 だが、グスタフの話には続きがあった。
「それとな、レン。お前には特別なプレゼントがある」 「……嫌な予感がするんですが」
レンが身構えると、グスタフはニヤリと笑った。
「ギルド本部から、お前の『二つ名』が正式に認定された」 「二つ名?」
高ランク冒険者や、特殊な功績を挙げた者につけられる称号だ。 名誉なことだが、レンの背筋には冷たい汗が流れた。
「お前の戦い方は、物理法則を無視して戦場そのものを支配する。空中に道を作り、敵の動きを止め、絶対的な安全圏を作る……。その異質さから、こう名付けられた」
グスタフは声高らかに宣言した。
「――『空間の支配者』、とな」
「…………」
レンは顔を手で覆い、その場に崩れ落ちた。
「ぶっ……! あはははは! 支配者だってよ! かっこいいじゃねえか!」 「レンさん、すごいです! 強そうです!」
爆笑するアリアと、純粋に尊敬の眼差しを向けるミリス。 レンの耳は真っ赤だった。
「だ、ダサすぎる……! なんですかその中二病全開の名前は! もっと地味なのでいいのに……『固定屋』とか……」 「諦めろ。もう手配書……いや、広報誌にはその名で載っている」
グスタフは楽しそうに笑った後、ふと表情を引き締めた。
「浮かれるのはそこまでだ。Cランクになったということは、それなりの義務も発生する」 「義務、ですか?」 「ああ。……最近、街の近くにある未踏破ダンジョン『奈落の顎』の様子がおかしい」
空気が張り詰める。 『奈落の顎』。この街が抱える最大級のダンジョンであり、未だ最深部が確認されていない危険地帯だ。
「観測班からの報告によると、ここ数日、ダンジョン深層からの魔力濃度が異常な数値を示しているそうだ。……まるで、何かが溢れ出そうとしているようにな」
グスタフの隻眼が、鋭く光る。
「近いぞ。『スタンピード(魔物の大暴走)』がな」
スタンピード。 それは数年に一度、ダンジョンから魔物が溢れ出し、街を飲み込もうとする災害級の現象だ。
「もし発生すれば、街の存亡をかけた総力戦になる。『空間の支配者』……その二つ名に恥じぬ働き、期待しているぞ」
レンは顔を上げ、真剣な表情で頷いた。 恥ずかしい二つ名だが、期待されている責任の重さは理解できる。
「わかりました。……その時は、僕たちが街を守ります」
部屋を出たレンたちの足取りは、昇格の喜びよりも、迫りくる嵐への緊張感を含んでいた。 平和な日常は、終わりを告げようとしている。 最強の「はぐれ者パーティ」が挑む次なる戦いは、個人の冒険ではない。 数千の魔物から人々を守る、防衛戦争だ。




