天空の撃墜王
ヒュオオオオオッ!!
高度50メートル。強烈な横風が吹き荒れる上空で、アリアは笑っていた。 足元には、レンが作り出した透明な空気の板。 それを全速力で踏みしめながら、彼女は重力を無視して空を駆け上がっていく。
「ははッ! 最高だ! 空ってのはこんなに視界がいいのか!」
彼女の動体視力は、レンの固定眼鏡によって完全に矯正されている。 迫りくる風の刃も、羽ばたきの予備動作も、すべてがスローモーションのように見えていた。
「見え透いてるんだよ!」
アリアは飛来する風の刃を、最小限の動きで回避――いや、足場を蹴ってさらに加速することで強引に突破する。 その背後から、レンとミリスが追随する。 レンはミリスを背負い(正確には、ミリスの服を自分の服に『固定』してハンズフリー状態で背負い)、次々と新しい足場を生成しながら登っていく。
「ひぃぃっ! た、高いですぅ!」 「目を開けて、ミリス。君の射程圏内だ」
レンの声に、ミリスが恐る恐る顔を上げる。 目の前には、驚愕に目を見開いているワイバーンの巨大な顔があった。 空を飛ぶ敵にとって、獲物が「登ってくる」など想定外なのだろう。ワイバーンは明らかに動揺し、バランスを崩していた。
「グルァッ!?」
ワイバーンが慌てて高度を上げようと翼をはためかせる。 だが、逃さない。
「ミリス、牽制だ! 翼を狙え!」 「は、はいっ! 出力10%、『フレア・アロー』!」
レンの背中から、ミリスが杖を突き出す。 至近距離から放たれた数本の炎の矢が、ワイバーンの片翼を正確に撃ち抜いた。
「ギャウッ!」
被弾した翼から煙が上がり、ワイバーンの機動力が落ちる。 空中の敵にとって、翼の負傷は致命的だ。 動きが鈍ったその一瞬を、最強の剣士は見逃さなかった。
「捉えたぞ、トカゲ野郎ッ!!」
アリアが最後の足場を蹴り砕くほどの勢いで跳躍した。 その身体が、ワイバーンの頭上よりも高く舞い上がる。 太陽を背にした銀髪の少女。 彼女が振り上げた剣は、レンの『状態固定』によって、世界で最も硬く、鋭い刃となっていた。
「地面で這いつくばってな!!」
一閃。
ズバァァァァァァァンッ!!
銀色の軌跡が、ワイバーンの太い首元から胴体にかけて深々と切り裂いた。 鮮血が空に舞う。 断末魔の叫びと共に、巨体は揚力を失い、きりもみ回転しながら落下を始めた。
「……落ちろ」
レンが冷ややかに呟く。 ドズゥゥゥゥンッ!! 地響きを立てて地面に叩きつけられたワイバーンは、ピクリとも動かなくなった。
◇
レンたちは、レンが作った空気の階段をゆっくりと降り、地上へと戻った。 アリアが剣についた血を払い、ニカっと笑う。
「へっ、大したことねえな。空の王者なんて言っても、斬れば落ちる」 「それは君が斬ったからだよ。……ナイスファイト」 「あ、ありがとうございます……私、空で魔法撃っちゃいました……」
ミリスはまだ信じられないといった顔で自分の手を見つめている。 周囲では、ワイバーンに襲われていた他の冒険者たちが、ポカンと口を開けてその光景を見ていた。
「おい……嘘だろ……」 「空を走って、ワイバーンを叩き落としたのか……?」 「あいつら、何者なんだ……」
絶望的な状況を、たった一撃で覆した3人組。 その背中には、Cランク冒険者たちですら畏怖するほどのオーラが漂っていた。
「素材、回収しちゃおうか。この皮ならいい装備が作れる」 「肉もうまいらしいぞ!」
レンたちは周囲の視線など気にも留めず、手早くワイバーンの解体を始めた。 その手際の良さと、常識外れの強さ。 この日、『風鳴りの渓谷』で目撃された「空を歩くパーティ」の噂は、瞬く間にギルド中へ広まることになる。 『銀翼の奇跡』。 その名は、もはや「問題児」の代名詞ではなく、新たな「英雄」の代名詞として刻まれようとしていた。




