空の脅威
『銀翼』の結成から数日後。 レンたちは実績作りを兼ねて、街から北西に位置する『風鳴りの渓谷』へと遠征に来ていた。 ここは切り立った崖と奇岩が続く山岳地帯で、Cランク昇格を目指す冒険者たちが腕試しに訪れる難所だ。
「うおおお! すげえ! 遠くの岩の模様まではっきり見えるぞ!」
先頭を歩くアリアが、新しい眼鏡を指で直しながら興奮気味に叫ぶ。 レンの『座標固定』で顔に張り付いた眼鏡は、彼女がどれだけ激しく首を振ってもピクリとも動かない。
「アリアさん、はしゃぎすぎですぅ……」 「いいじゃないか。あいつにとって、世界がクリアに見えるのは初めての体験なんだから」
ミリスも、背中にふわふわと浮遊してついてくる杖のおかげで、息切れ一つしていない。 重装備のハンデがなくなり、本来の身軽さが活きているようだ。 レンは頼もしい仲間たちの背中を見ながら、地図を確認した。
「この辺りは『ハーピー』や『ロックバード』が出るエリアだ。空からの奇襲に気をつけて」 「任せろ! 今の私なら、蚊が飛んでても斬れる気がするぜ!」
アリアが自信満々に剣の柄に手をかけた、その時だった。
ヒュオオオオオッ!!
頭上から、鼓膜を圧迫するような風切り音が響いた。 同時に、上空を覆う巨大な影が、レンたちの頭上を高速で通過していく。
「なっ……!?」 「きゃあッ!」
突風に煽られ、ミリスが悲鳴を上げる。 レンは咄嗟に上空を見上げた。 そこにいたのは、翼開長10メートルを超える、翠緑の竜――『疾風のワイバーン』だった。
「ワイバーン!? なんでこんな浅いエリアに!」
ワイバーンはCランク上位、個体によってはBランクに届く強力な魔物だ。 何より厄介なのは、その「飛行能力」である。
少し先の方で、先行していた別の冒険者パーティ(Cランク)が襲われているのが見えた。
「くそっ、降りてこい! 剣が届かねえ!」 「魔法使い、撃ち落とせ!」 「無理だ、速すぎる! 当たらない!」
剣士が虚しく剣を振るうが、ワイバーンは遥か上空、50メートルの高さを悠々と旋回している。 魔法使いが炎弾を放つも、ワイバーンは翼を一振りするだけで軽々と回避し、逆に口から真空の刃を吐き出した。
ズバババッ!
「ぐあっ!?」
真空の刃が地面を切り裂き、冒険者たちが吹き飛ばされる。 一方的な蹂躙。 地を這う人間にとって、空を飛ぶ敵は手出しのできない「災害」に等しい。
「……ひどい。あんなの、どうやって戦えばいいんですか」
ミリスが青ざめる。 彼女の広範囲魔法なら当たるかもしれないが、あの高さでは威力が減衰するし、動きが速くて捕捉できない。 アリアも悔しそうに歯噛みしている。
「チッ、私があと50メートルでかけりゃ叩き斬れるのに……!」 「アリア、無茶言わないで」
レンは冷静に戦況を分析した。 ワイバーンは安全圏から一方的に攻撃を繰り返し、弱った獲物を狩るつもりだ。 普通のパーティなら撤退一択。 だが。
「……僕たちには、翼がある」
レンは二人の肩を叩いた。
「アリア、空を走る準備はいい?」 「あ? 空を走るって……お前のあの魔法か?」 「そう。僕が道を作る。君はただ、真っ直ぐに駆け上がればいい」
レンの視線は、遥か上空の捕食者を射抜いていた。 アリアがニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。
「へっ、面白え。あのトカゲ野郎、上から目線で見下ろしてるのが気に食わなかったんだ」 「ミリスは僕の背中へ。上空からゼロ距離射撃を叩き込んでもらうよ」 「は、はいっ! 私、空飛ぶの初めてです!」
レンが前に進み出る。 逃げ惑う冒険者たちの視界に、堂々と立ち向かう三人の姿が映った。
「おい、よせ! 逃げろ!」 「死ぬぞ!」
制止の声など聞こえない。 レンは右手を天に掲げ、魔力を解放した。
「さあ、狩りの時間だ。……『空間固定・天への階』」
ガガガガガッ!!
レンの頭上からワイバーンのいる高度まで、空中に無数の「透明な足場」が螺旋階段のように出現した。 物理法則を無視した、空への侵攻ルート。
「行くぞッ!!」
アリアが地面を爆発的な脚力で蹴った。 目指すは天空。 地を這う者たちの逆襲が始まる。




