剣を折る少女
酒場の片隅にあるテーブル。 そこに近づくにつれて、レンは異様な光景に目を疑った。
テーブルの上には、料理ではなく、無残に折れ曲がった鉄屑の山が築かれていたのだ。 柄が砕けた剣、刀身がひしゃげた槍、真っ二つになった大剣……。 まるで武器の墓場だ。
その向こう側で、銀髪の少女が不機嫌そうにエールを煽っていた。 レンが近づくと、彼女はグラスをドン! と置き、鋭い視線を向けてきた。
「……なんだ、お前」
美しい顔立ちだが、目つきが悪い。 いや、よく見ると睨んでいるのではない。目を細めて焦点を合わせようとしている――ただのド近眼だ。
「初めまして。僕はレン。君に折り入って相談があるんだ」 「ナンパなら他を当たれ。見ての通り、武器の修理費でスッカラカンだ。奢る金はないぞ」 「いや、奢ってほしいわけじゃなくて……。僕とパーティを組んでほしいんだ」
レンが要件を伝えると、少女は目を丸くし、次の瞬間に鼻で笑った。
「物好きだな、お前。私の噂を知らないのか?」 「噂?」 「通り名は『クラッシャー(破壊屋)』アリア。Fランクの癖に、クエストの報酬以上に武器を壊して赤字を出す疫病神だ」
アリアは自嘲気味に、目の前の鉄屑を指差した。
「私は『剣聖』の家系でな。生まれつき筋力と瞬発力が異常に高い。……高すぎて、普通の武器じゃ私の動きに耐えられないんだ」
彼女は足元に転がっていた安物のロングソードを拾い上げた。
「見てろ」
アリアが立ち上がり、何もない空に向かって剣を構える。 次の瞬間。
ヒュンッ!!
風を切り裂く音と共に、銀閃が走った。 目にも留まらぬ速さの素振り。 だが。
パキィィィンッ!!
剣を振った直後、刀身が根元から砕け散り、破片が床に散らばった。 何かに当てたわけではない。ただ空気を斬っただけで、剣自身の加速と衝撃に金属が耐えきれず、自壊したのだ。
「……このザマだ」
アリアは残った柄をゴミ箱に放り投げた。
「全力で振れば折れる。かといって手加減すれば魔物は倒せない。高いミスリル製の剣なら数回は保つが、今の私にそんな金はない。……詰んでるんだよ」
彼女の実力は本物だ。今の剣速は、Cランクの剣士すら凌駕していた。 ただ、エンジンに対してタイヤが貧弱すぎるレーシングカーのようなもの。
「なるほど。悩みは理解した」
レンは納得して頷き、自分の腰から予備のショートソードを抜いた。
「じゃあ、この剣でもう一度やってみて」 「はあ? 言っただろ、安物じゃ意味が……」 「いいから。……ただし、振る前に少し魔法をかけさせてもらうよ」
レンは剣の刀身に手を這わせた。 イメージするのは「座標」ではなく「状態」の固定。 分子レベルでの結合をロックし、物質としての強度を、その瞬間の状態で凍結させる。
「――『状態固定・耐久』」
剣が微かに青白く発光し、すぐに元の鉄の色に戻った。 見た目は変わらない。だが、その「在り方」は変質している。
「はい、どうぞ」 「……チッ、知らねえぞ。折れたら弁償しないからな」
アリアは疑わしそうに剣を受け取ると、投げやり気味に、先ほど以上の速度で振り抜いた。
ゴゥッ!!
空気が爆ぜるような轟音。 酒場の客たちが驚いて振り返るほどの衝撃波が発生する。
「……え?」
アリアの手には、無傷のショートソードが握られていた。 ヒビ一つ入っていない。刃こぼれすらない。
「う、嘘……。今の、私の全力だぞ? 鉄の剣なら粉々になるはずじゃ……」 「僕のスキルで、剣の『耐久値』を固定したんだ」
レンは種明かしをした。
「僕が魔力を供給し続ける限り、その剣は絶対に折れないし、曲がらない。たとえドラゴンを殴ってもね」 「ぜ、絶対に折れない……?」
アリアの手が震え始めた。 彼女が幼い頃から夢見ていたこと。 剣の心配をせず、手加減もせず、思い切り全力を叩きつけること。 それが叶うのだ。
アリアはガバッ! とレンに詰め寄り、その両手をガシリと握りしめた。 凄い力だ。レンの骨がミシミシと鳴る。
「お前……名前は!?」 「い、痛い! レン! レン・ヴェルベット!」 「レン! 頼む、私と組んでくれ! いや、私を使ってくれ! お前の剣になら、私は何にだってなる!」
ド近眼の顔をゼロ距離まで近づけ、アリアは興奮気味にまくし立てた。 その碧眼は、獲物を見つけた肉食獣のように輝いていた。
「交渉成立、ってことでいいのかな?」 「当たり前だ! 今日からお前は私の鞘だ! ……あ、違う。パートナーだ!」
こうして、最強の矛と、最強の盾が手を組んだ。 残る問題児は、あと一人。




