昇格と新たな出会い
キメラ討伐の報告は、瞬く間に街中を駆け巡った。 物流を止めていた怪物が倒されたことで、商人たちは歓喜し、冒険者たちはその武勇伝に酔いしれた。
その日の夜、ギルド『銀の羅針盤』では、大規模な祝勝会が開かれていた。 主役はもちろん、レンだ。
「カンパーイ! 英雄レンに!」 「うおおおおッ!」
ジョッキがぶつかり合う音が響く。 かつては酒場の隅で縮こまっていたレンが、今は特等席に座らされ、多くの冒険者たちから次々と酒や料理を勧められていた。
「いやあ、あの『固定』ってスキル、凄まじいな!」 「今度俺のパーティと組んでくれよ!」 「レン君、サインちょうだい!」
1ヶ月前には想像もできなかった光景。 レンは苦笑いしながらも、差し出されたジュース(未成年なので)をちびちびと飲んでいた。
そんな喧騒の中、レンはギルドマスターのグスタフに呼び出され、マスター室へと通された。
「……まずは礼を言う。よくぞ街の危機を救ってくれた」
グスタフはレンに向かって深々と頭を下げた。元Aランクの強者が頭を下げるなど、異例中の異例だ。
「報酬の金貨100枚だ。受け取れ」 「ありがとうございます。……でも、これ全部僕が貰っていいんですか? 他の人もサポートしてくれましたし」 「一番の功労者が何を言う。それに、他の連中は『キメラの素材』を山分けにすることで納得している。文句を言う奴はいない」
レンは重たい革袋を受け取った。 これで当面の生活費どころか、最高級の装備を揃える資金まで手に入ったことになる。
「それと、もう一つ大事な話がある」
グスタフは真剣な表情で、一枚の書類を差し出した。
「今回の功績を鑑み、ギルドはお前のランクを『Dランク』へ昇格させることを決定した」 「Dランク……飛び級ですか?」 「本来ならCランクでもいいくらいだ。だが、いきなり上げすぎると周囲の嫉妬を買うし、手続き上の問題もある。まずはDランクとして実績を積み、近いうちにC、そしてBへと上がってもらうつもりだ」
Fランクに上がったばかりなのに、もうDランク。 異例のスピード出世だ。 だが、今のレンの実力を疑う者はもういないだろう。
「期待しているぞ、『空間の支配者』」 「……その二つ名、恥ずかしいのでやめてください」
レンが顔をしかめると、グスタフは豪快に笑った。
◇
部屋を出て、再び酒場の熱気の中に戻ろうとした時だった。 ふと、強烈な視線を感じて、レンは足を止めた。
視線の主は、酒場の喧騒から離れた柱の陰に佇む、一人の少女だった。 年齢はレンと同じくらいだろうか。 流れるような銀髪に、吸い込まれそうな碧眼。 華奢な体つきだが、その腰には身の丈に合わない長大な剣――「大太刀」のようなものを帯びている。
(……綺麗な人だ。でも、すごい威圧感だ)
ただ立っているだけなのに、彼女の周りだけ空気が張り詰めているようだった。 少女はレンと目が合うと、ニコリともせず、興味深げにじっと観察するように見つめてきた。 その瞳には、単なる好奇心以上の、「同類」を探るような鋭い光が宿っていた。
「……?」
レンが会釈をしようとすると、彼女はふいっと背を向け、無言のままギルドを出て行ってしまった。
「なんだろう……。不思議な子だったな」
レンは首を傾げたが、すぐに酔っ払ったルナたちに「レン君こっちこっち!」と呼ばれ、思考を中断された。 今のレンはまだ知らない。 その少女――剣聖の娘アリアが、やがてレンの最強のパートナーとなり、共に世界を揺るがすことになる未来を。
宴は夜遅くまで続いた。 窓の外には満月が輝いている。 かつて泥水をすすった少年は、今、確かな居場所と力を手に入れた。
だが、物語はまだ終わらない。 この広い世界には、もっと強大な敵、未知のダンジョン、そして運命の出会いが待っているのだから。
レン・ヴェルベットの冒険は、まだ始まったばかりだ。




