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『暁の牙』の末路

 Fランクに降格した元『暁の牙』のリーダー、ゲイルは、泥まみれの地面に唾を吐き捨てた。


「ハァ……ハァ……! クソッ、なんでこんなに体が重いんだ!」


 場所は街からほど近い『始まりの森』。  相手はFランク相当の『ワイルドボア』一匹。  かつての彼らなら鼻歌交じりで倒せた相手だ。それが今は、死闘のような有様だった。


「おい、魔法使い! 援護だ! 早く撃て!」 「無理よ! 息が上がって……詠唱が……!」


 後衛であるはずの魔法使いの女も、肩で息をして動けずにいる。  原因は、彼女の背中にある巨大なリュックサックだ。  レンがいなくなった今、彼らは自分たちの物資を自分たちで背負わなければならなかった。


 水、食料、テント、予備武器、解体道具。  数十キロの荷物を背負ったまま走り回り、魔法を撃つ。そんな訓練など、彼らは一度もしたことがなかった。


「ブモォォォッ!!」


 ボアが突進してくる。  ゲイルは剣を構えるが、腰に下げた雑嚢ざつのうが邪魔で踏み込みが浅い。  剣撃はボアの硬い皮に弾かれ、逆に反動でよろめく。


「ぐあっ!? ……おい、ポーションだ! 回復薬を投げろ!」 「待って、今探してるから……!」


 魔法使いがリュックをまさぐる。  だが、中はぐちゃぐちゃだ。  かつてレンが『固定』スキルで完璧に分類・整頓していた荷物は、今はただ放り込まれただけのゴミ山と化していた。


「ない! 見つからないわよ!」 「ふざけんな! 一番上のポケットに入れとけって言っただろ!」 「あんたがさっき水筒を取り出した時に場所を変えたんでしょ!?」


 言い争っている間に、ボアの追撃が来る。  ゲイルは無様に地面を転がって回避した。  その拍子に、背中のリュックから「ガシャン!」という嫌な音がした。


「あ……」


 甘い匂いの液体が、背中から垂れてくる。  詰め込みすぎた荷物が衝撃で圧迫され、ガラス製のポーション瓶が割れたのだ。


「俺の金がぁぁぁッ!!」


 なけなしの金で買ったポーションが、傷を癒やすこともなく地面に吸われていく。  レンがいた頃は、瓶同士を『固定』して絶対に割れないようにしてくれていた。  必要な時に、必要な物が、瞬時に手元に来る。  それがどれほど高度な技術だったのか、彼らは今になって思い知らされていた。


 ◇


 ボロボロになりながら、なんとかボアを撃退し、ギルドに戻った頃には日が暮れていた。  報酬は雀の涙。割れたポーション代で赤字だ。


「……もう嫌。こんな生活、耐えられない」


 酒場の隅で、魔法使いが泣き言を漏らす。  かつてCランク昇格を夢見ていた頃の覇気は見る影もない。  装備は汚れ、剣は手入れ不足で錆が浮き、目は死んだ魚のように濁っている。


 ふと、酒場の中央が賑わっていることに気づいた。  そこには、新しい防具に身を包み、他の冒険者たちと談笑するレンの姿があった。


「聞いたかよレン! また人助けしたんだって?」 「宿屋のベッドまで直したらしいな。今度俺の武器もメンテしてくれよ」 「ハハハ、いいですよ。でも代金はもらいますからね」


 清潔な服。充実した装備。そして何より、周囲からの信頼と笑顔。  そこにあるのは、成功者としての輝きだった。


 ゲイルたちは、その光景を直視できなかった。


「……あいつがいれば」


 誰かがボソリと呟いた。


「あいつがいれば、荷物は軽かった」 「ポーションは割れなかった」 「夜の見張りも任せられた」 「……俺たちは、戦うことだけに集中できていた」


 レンという土台があったからこそ、彼らは輝けていたのだ。  その土台を自ら蹴り壊した今、彼らはただの「荷物が持てない凡人」に過ぎなかった。


 レンがこちらに気づき、視線が合った。  ゲイルは身構えた。罵倒されるか、嘲笑されると思ったからだ。  だが、レンは何も言わなかった。  怒りも、憐れみすらも見せず、ただ「知らない人」を見るように視線を外し、会話に戻っていった。


 それが、ゲイルには何よりも堪えた。  復讐される価値すらない。認識すらされていない。


「くそ……くそぉッ……」


 ゲイルはテーブルに突っ伏した。  後悔の味がする涙が、汚れたテーブルに落ちる。  だが、失った時間はもう戻らない。  『暁の牙』というパーティは、今日、事実上の解散を迎えたのだった。


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