スキルの応用開発
オーク討伐の件で名声が高まったとはいえ、冒険者の毎日は戦闘ばかりではない。 今日は久しぶりの休日だ。 レンは定宿にしている『ひだまり亭』の一室で、憂鬱な顔で天井を見上げていた。
「……ポタ、ポタ、ってうるさいな」
昨夜からの大雨で、天井の隅から雨漏りがしているのだ。 桶を置いてはいるが、水滴が落ちる音が気になって昼寝もできない。 それに、この安宿のベッドは古く、寝返りを打つたびにギシギシと悲鳴を上げる。
「金貨はあるんだから高級宿に移ればいいんだけど……。ここの女将さんには世話になったしなぁ」
不遇だったGランク時代、支払いを待ってくれたり、余ったスープをくれたりした恩がある。 レンは起き上がり、グラつくベッドの脚を睨んだ。
「……直すか」
レンはベッドの接合部に手を触れた。 釘が緩んでいるわけではない。木材自体が摩耗して隙間ができているのだ。 普通なら大工仕事が必要だが、今のレンには「物理的強制力」がある。
「――『固定』」
レンが固定したのは、ベッドの脚と床の接地面、そしてフレームの継ぎ目だ。 ガチッ、という感触と共に、ベッドがまるで一枚岩のように安定した。 試しに上で飛び跳ねてみる。ミシリとも言わない。
「完璧だ」
次は雨漏りだ。 レンは椅子の上に立ち、天井のシミに手をかざした。 水滴が垂れてくる穴を見つけ、そこにポケットから取り出した小さな木片をあてがう。
「『固定』」
木片は天井に張り付いたまま、絶対に落ちない蓋となった。 釘も接着剤もいらない。空間座標に固定されているのだから、屋根が吹き飛ばない限り外れることはない。
「あら、レンちゃん。桶を替えに来たわよ……って、あれ?」
部屋に入ってきた恰幅のいい女将さんが、目を丸くした。 雨漏りが止まっているし、いつもギシギシうるさいベッドの上でレンが飛び跳ねても静かなままだからだ。
「これ、どうやったんだい?」 「僕のスキルですよ。ちょっとした修理なら、釘一本打たずにできます」 「まあ! 魔法使いみたいだねぇ!」
女将さんは感心し、そして急に拝むような手つきで頼んできた。
「ねえレンちゃん、お願い! 食堂のテーブルも直しておくれよ! ガタガタしてスープがこぼれるって不評なんだよ」 「いいですよ。ついでに看板も直しましょうか?」
◇
その日の午後、レンは宿屋の「修理屋さん」として大忙しだった。 食堂のテーブルの脚を床に固定して安定させ、外れかけていた窓枠を固定し、強風で飛びそうだった看板を空中に見えない支柱を作って補強した。
「すごいねぇ! 大工を呼ぶより早くて確実じゃないか!」 「助かったよレンちゃん。これ、お礼のアップルパイだ。食べておくれ」
女将さんだけでなく、常連客からも感謝され、レンの目の前には大量の差し入れが積み上がっていた。
「……悪くないな、こういうのも」
レンは焼き立てのパイを齧りながら、温かい気持ちになった。 これまでのスキル使用は「命を守るため」か「敵を殺すため」だった。 だが、『固定』の本質は「あるべき状態を保つ」ことだ。 それは平穏な日常を守る力にもなる。
そんなことを考えていると、街中で騒ぎ声が聞こえた。
「危ないッ!!」
見れば、荷馬車の車輪が外れ、積荷の木材が崩れ落ちそうになっていた。 その下には、逃げ遅れた子供がいる。
「しまっ――」
御者が顔を覆った瞬間。 崩れてきた木材が、子供の頭上でピタリと静止した。
「え……?」
レンが人混みの中から指を指していた。 遠隔での『空間固定』。 数百キロの木材を、空中で無理やり縫い留めたのだ。
「怪我はない?」
レンが近づき、指を鳴らすと、木材はゆっくりと安全な場所へ移動し(固定位置をスライドさせ)、地面に降ろされた。 まるで重力を自在に操るような芸当。
「あ、ありがとう……お兄ちゃん、すごい!」 「魔法使い様だ!」
街の人々から拍手が起こる。 そこには、かつて「ゴミスキル」と蔑まれた少年の面影はもうなかった。 レンは照れくさそうに鼻をかきながら、自分のスキルが少しだけ好きになれた気がした。
戦闘以外でも英雄になれる。 それが証明された、穏やかな休日の一幕だった。




