裁き
「――以上が、ギルドとしての決定だ」
ギルドマスター・グスタフの低い声が、判決文のように読み上げられた。
「パーティ『暁の牙』に対し、冒険者ランクの『Fランク』への降格処分。および、1年間の昇格試験受験資格の剥奪。さらに、レンへの治療費と慰謝料として金貨50枚の支払いを命じる」
その内容は、彼らにとって死刑宣告に等しかった。 Cランク昇格目前だった地位は、新人と同然のFランクへ転落。 金貨50枚は、彼らの全財産を叩いても足りるかどうかという巨額だ。
「そ、そんな……Fランクへの降格だなんて……!」 「嫌よ! またドブさらいみたいな依頼からやり直すなんて!」
魔法使いの女が泣き崩れ、他のメンバーも絶望に顔を歪める。 だが、リーダーのゲイルだけは違った。 彼の目には、反省の色など微塵もなく、ただどす黒い憎悪の炎だけが燃え盛っていた。
「……ふざけるな」
ギリリ、と歯ぎしりの音が聞こえる。
「なんで俺たちが……こんなゴミクズのために、ここまでコケにされなきゃなんねえんだ!」
ゲイルの視線が、無表情で佇むレンに突き刺さる。 その目は完全に血走っていた。理性のタガが外れたのだ。
「全部お前のせいだ……お前さえいなければ! お前さえ死んでいれば!!」
ジャリッ! ゲイルは腰の剣を引き抜いた。 ギルド内での抜刀は重罪。だが、逆上した彼にはもう関係なかった。
「死ねぇぇぇぇッ!!」
ゲイルがレンに向かって突進する。 殺気立った刃が、無防備なレンの首を狙って振り上げられる。
「きゃあぁッ!?」 「レン君、逃げて!」
ルナの悲鳴が響く。 周囲の冒険者たちも、あまりの急展開に反応できない。グスタフが止めに入ろうと動くが、距離がある。
しかし。 レンだけは、微動だにしなかった。 避ける素振りすら見せない。ただ、憐れむような目で、突っ込んでくる元リーダーを見つめていた。
(……遅い)
レッドベアの爪に比べれば、ゲイルの剣速など止まっているも同然だった。 レンはポケットに手を入れたまま、小さく呟く。
「――『固定』」
レンの視線が捉えたのは、ゲイルの足元。 正確には、彼が踏み込んだ右足のブーツの底と、床板の接地面だ。
ガッ!!
「な、あ!?」
突如として、ゲイルの右足が床に縫い付けられたように動かなくなった。 だが、上半身の勢いは止まらない。 慣性の法則に従い、ゲイルの体は前のめりに突っ込み――
ドォォォォォンッ!!
盛大な音を立てて、顔面から床に激突した。
「ぐべっ!?」 「ゲイル!?」
慌てて駆け寄ろうとした他のメンバーたちも、次々と「うわっ!」「きゃっ!」と声を上げて転倒する。 彼らの服の裾、靴紐、マントの端。 それらが全て、床やテーブルに『固定』されていたからだ。
「な、なんだこれ!? 動けねえ!」 「服が……床にくっついて……!?」
彼らはまるで蜘蛛の巣にかかった虫のように、地べたを這いつくばりながら藻掻くことしかできない。 レンはゆっくりと、無様に転がっているゲイルの前に歩み寄った。 鼻を強打し、鼻血まみれになったゲイルが、床に張り付いたままレンを見上げる。
「き、貴様……何をしやがった……!」 「ただの『固定』ですよ。あなたたちがゴミだと笑っていたスキルの応用です」
レンは冷ややかに見下ろした。 かつては、この男に見下ろされ、蹴られ、罵倒されていた。 だが今は、視線の高さが逆転した。
「殺そうと思えば、あなたの心臓を固定して止めることもできた。……でも、そんな価値すらない」
レンの声には、怒りすらこもっていなかった。 あるのは、道端の石を見るような無関心だけ。
「慰謝料、きっちり払ってくださいね。新しい装備を買いたいので」
それが、レンが彼らにかけた最後の言葉だった。
「連れて行け!」
グスタフの号令で、ギルドの職員たちが拘束具を持って駆け寄ってくる。 『固定』を解除されたゲイルたちは、抵抗する気力もなく、ズルズルと引きずられていった。
「くそっ……くそぉぉぉぉ!」
遠ざかる負け犬の遠吠えを、レンはもう振り返らなかった。 酒場には静寂が戻り、やがて爆発的な歓声と拍手が巻き起こった。
「すげえぞレン!」 「あの一瞬で何をやったんだ!?」 「見直したぜ! Fランク昇格おめでとう!」
賞賛の嵐の中、レンは深く息を吐き出した。 胸の中にあった黒い澱が、きれいに消え去っていくのを感じた。
これで終わりだ。 そして、ここからが本当の始まりだ。




