大きすぎる屋敷で二人きりの夕食を
そうして僕は屋敷へと案内され、その屋敷をとにかく隅々まで掃除をし、夜になったのだった。その日は自分で持ってきたおにぎりなどを食べようと思っていたけれど、ミサキさんが私が作ってあげる、とその屋敷の厨房を使って簡単な料理を作ってくれた。
「昔寿郎さんにね、よくここで煮込みうどんを作ってもらったんだ。だから、この厨房は慣れてるの。むしろ、こんなにも汚れるまで掃除しないで放っておいたのが申し訳なくて」
「祖父が死んでから、この屋敷を誰も使っていなかったんだから、仕方ないですよ」
僕は彼女が作った冷やし中華をお膳の上で食べながら、彼女がとても楽しそうにしていることにほっとした。
「本当に、君が来てくれて良かったよ。私、同年代の子で知り合いいないしさ、この村だと何だか年寄りばっかりで」
「学校、通ってるんですよね。友達とか、こっちまで来ないんですか?」
「もう、そういう子達は街の方へ行っちゃってこっち来ないのよ。私、機械音痴だし、話合わないし。でも、新君は物書きだから、唯一本の話題できるじゃない」
「どんな本、好きなんですか?」
「そうね。私、児童文学が結構好きなのよ。ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』がすごく好きで」
わかります、と僕は思わず声を大きくしながら、こうして田舎で文学の話ができるなんて、本当に新鮮だった。彼女は田舎っぽくて地味だ、なんて自分のことを言っているけれど、全然そんなことはなかった。自分の好きなものを素直に誰にでも好きだと言える、そんな素直さを持った素敵な女の子だった。
「新君がこっちに来たら、続編がどんなものになるのか、聞いてみたいと思ってたのよ」
「それは企業秘密ですよ。それを言ったら、つまらないでしょうに」
「私の意見を作品に反映させて、おばあちゃんに自慢するんだ。何なら、私のフルネームを持った女性を物語の中で登場させてくれても……」
「戦国時代に三山美咲さんがいるんですか?」
「いるかもよ?」
「いたとしたら、現代からタイムスリップした少女ですか?」
「それだけで、小説の構想が膨らむわね。私もいっそのこと、小説を書いてみればいいのかしら」
「書いてみたらいいじゃないですか。美咲さん、今までずっと色々な本を読んできて、きっとそのことが活かせますよ」
「そうね……少しぐらい活かせるものがあったっていいのよね」
彼女はそう言って箸をお皿に置くと、ごちそうさまでした、と掌を合わせた。僕もちょうど食べ終わり、彼女に倣って、その夏の楽しい夜の一時にひとまず区切りを付けて、立ち上がった。
「じゃあ、私家に帰るけどさ、洗い物だけしていこうか?」
「いや、そこまでしてもらう訳にはいきませんし、洗い物ぐらい自分でやりますから」
「そう? じゃあ、また明日の朝、様子見に来るね。おやすみなさい」
彼女はお皿を流しへと持っていくと、後はよろしくね、と掌を合わせて頭を下げ、そして玄関へと向かった。僕もすぐに彼女の後を追い、靴をつっかけている彼女を見守りながら、ふとつぶやいた。
「美咲さん、今日は本当にありがとうございました」
僕がそう後ろから声を掛けると、彼女は肩越しに振り向いて、いいのいいの、と軽快に笑った。
「困った時はお互い様。それに、私も新君の新作、楽しみにしているんだから。ゆっくりこの屋敷で、いいもの書いてね」
「はい。とびきり美人の、美咲さんを登場させますから」
「なによ、実物は美人じゃないって言うの?」
「現実と同じとびきりの美人を書きますから」
彼女はからからと笑いながら、じゃあね、と手を振り、戸口を開いて去って行った。僕はその背中を入口に突っ立ったまま見送っていたけれど、ふう、と小さく息を吐いてそっと扉を閉めた。
今日は何だかすごく疲れたけれど、それは気分がすかっとするような、何かをやり切った後の心地良い脱力感だった。僕は首を回して関節を鳴らしながら、「さて、洗い物しますか」と台所へと歩いていく。
そうして当たり前の日常を、当たり前に過ごす日々が、どれだけ大切かを、彼女は教えてくれたのだ。この村で過ごす日々は、本当にゆったりとした、心地良いものになりそうだった。




