その翌日。
光が総理大臣の席を降りた翌日、光は天皇陛下の前に呼ばれていた。
「貴殿もついに総理大臣の座を降りるか……私は、生涯現役であってほしかったぐらいなのだが」「陛下、いつまでも古い総理大臣では後の者が育ちません。新しき者が椅子に座り、今後の日本皇国を支えていくようになって行かねば。無論新しい総理大臣からの相談は受けますし、これからもガーディアンズの一員として働きますので、完全に隠居する訳ではありませんが」
なお、今の陛下は日本がこちらの世界に転移するときには子供であった方である。約120年ほど前に皇位を譲られて天皇陛下となられた。先の陛下は上皇陛下となり、今も健在である──どころか、ガーディアンズの一員になってしまっている。しかし、シミュレーションを山ほど繰り返して来た上皇陛下は先の神々の試練でも目覚ましい活躍を見せ、周囲からの文句を封じている。
老いてなお盛んという言葉が当てはまる人物となっており、国民からの人気が高い方である。外交にも熱心に協力なさっており、そのお人柄で各国の人々との交流に一役も二役も買っていらっしゃる。
「そうか、相談役としていてくれるのであれば次の総理大臣として立つ者も不安で押しつぶされると言う事は無いだろう。我々には未来がある、だが、その未来は皆が努力しなければやってこない。神々の試練という分かりやすい困難、日々の生活というすぐそこにある困難──生きる事は戦いだ。だが、それでも先導者が道を開いて先を照らせば不安は消えて希望が見える」
そう言葉にした後に、陛下は目を閉じ──そしてゆっくりと目を見開いて光を見た。
「私は生涯忘れる事は無いだろう。絶望的な未来しかないと思っていた我々に、道はあると指し示し、真っ先に立って困難に真っ向から立ち向かい、そしてここまでの繁栄を国に齎した英雄の姿を。貴殿は私だけではなく、この国の国民に対し大いなる明日をくれたのだ」
英雄。幼かったかの日、陛下が見た光の姿と行動はまさに英雄そのものであったと言えるだろう。日本国民を地球から脱出させるように舵を取り、最前線で戦い、密に異世界からやってきた隕石を命を懸けて破壊。そして今日まで神々の試練の先頭になって戦い続けた。無論、光一人でできた事ではない。周囲の運と巡り合わせがあった事も事実だ。
だが。例え巡り合わせがあったとしても、その巡り合わせをしっかりとつかみ行動できるかは別問題である。多くの人は目の前にチャンスがあったとしても、そのリスクと失敗した時のダメージを考えて手を伸ばせない。そう、たとえ失敗したとしても行動できた人は立派なのである。その立派さを理解できずに笑いものにする人は圧倒的に多いのだが。
そして成功者の事は嫉むのだ。嫉む前に己を振り返るべきだろう。自分は本当にできる事をすべてやってダメだったのか? チャンスがあったかもしれない時に行動できたのか? その様に。そしてそれを振り返れる人ならば、大きな事に挑戦して失敗した人を笑えるだろうか? 成功の保証などどこにも無い、リスクの中を歩く人を馬鹿にできるだろうか?
だが、光はそれらを誇らない。運と巡り合わせがやってきた時に行動したのは自分の意思だが、綱渡りに成功したのは多くの人の助けと犠牲があったからこそ。自分一人の功績ではないとしっかり理解しているからである。むしろ散って行った人々や後を託していった人々の思いに応えられたのか? そればかりを自問自答している。
「陛下、私はそこまで大した人間ではありません。私一人では何もできませんでした。この成果は多くの人の協力と犠牲、何より成し遂げようとした大いなる意志がもたらした結果です。私はその流れが生まれた時に、たまたま総理大臣であったにすぎません」
光はそう口にした。これは間違いなく彼自身の嘘偽りない心の内である。だが、陛下はそうは考えない。彼という人物がいたからこそ、今の結果があると信じている。だが、それは口にしない。
「これから先は、相談役とガーディアンズの一員としての仕事に励んでほしい。ふふ、貴殿はまだまだ周囲の期待に応え続ける必要があるな。私もまた、そう願ってやまない人間の一人だがね。さて、話は変わるが家族の方はどうかね? 忙しい日々を送っていたのは分かるが、ちゃんと見てやっているか?」
と、天皇陛下は光の家族についての話を振ってきた。
「ええ、幸い周囲も育ってくれましたから触れ合う時間は多く取れました。妻も子供達も元気ですよ、病気をせずにやりたい目標に向かって日々を過ごしています。こんな幸せを私が手にしていいのか、いまだに戸惑う時があるほどです」
光は、最初の神々の試練を乗り越えてから30年ぐらい後に結婚していた。正確に言えば結婚することを切望されたと表現するべきだろう。相手は──マルファーレンスのフルーレ、フォースハイムのフェルミア、そしてフリージスティの沙耶の三人だ。面子から想像できるだろうが、これは政略結婚の側面があった事は事実である。
だが、お互いよく知っている顔見知りの為和気あいあいとした夫婦生活となった。やがて子供を成し、今は皆100~120歳ほどになっている。フルーレとの間に成した子供は男の子で、長男。今はガーディアンズに入隊し、訓練兵として正規兵を目指している。名前はレスター。190センチを超える体格を持ち、筋肉質な体は戦士そのもの。金色の髪が風になびく姿にほれ込む女性は多い。フルーレの特徴を受け継いだイケメンだ。
フェルミアとの間に成した子供は女の子。彼女は舞踏と魔法使いとしての活動に己の存在する意義を見出し訓練をする日々を送っている。名前はアルミアとつけられた。彼女も180センチを超える体を持ち、黒い艶やかな髪の毛に見とれる男性は多い。スリーサイズも出る所は出てへこむべきところは程よくへこむと実にバランスがいい。フェルミア似の美女であり、すでに婚約の嘆願が山ほど届いている。
沙耶との間に儲けた子も女の子。彼女は音楽と格闘に興味を強く持ち、日々を楽しく送っている。音楽の方はすでにいくつもの大会で賞を受賞し、一角の人物になっている。彼女は身長が165センチほどと兄妹の中では一番小さいが、スリーサイズ、特にバストが凶悪である。しかしそのバストに見とれると、もっと凶悪な格闘技術が襲ってくるのだが。顔は沙耶の特徴を受け継ぎ、これまた美人である。
「子供達も立派になりました。父親として鼻が高い、そんな言葉を使っていいほどです」「そうか、それならばよい。家族は大事にするがいい。私の方も時間を見つけては積極的に──」
と、話を続けようとした所で部屋のドアが開けられた。そのドアから入ってきたのは、陛下の娘の一人であった。
「父上、いつになったら私を入れて下さるのか先が見えませんので失礼させていただきました。本日は公式の場ではありませんので、構いませんよね?」
娘の言葉に、陛下はたじたじである。愛しているのは間違いないのだが、時々彼女は陛下を圧で牽制する。彼女の名前は菫。大和撫子という表現がぴったりくる長く美しい黒髪に、程よいスリーサイズ。着物姿がとてもよく似合う美人である。見た目だけは。中身はかなりの行動派で、こうして他者に圧をかけてくる激しさがある。身長は170センチ弱ほどである。歳は160歳。
「お前……いくら公式の場ではないとはいえ、今は長く総理大臣という重責に身を置き続けた英雄を労っていたのだぞ? そこにずかずかと入ってくるのは頂けないだろう」
陛下が今日一番の渋い表情を浮かべる。陛下には三人ほど子供がおり、菫が長女、後は下に長男次男がいる。長男次男は穏やかで、物静かな気質なのだが──何故か菫だけがこうなのである。
「ですが、私も一刻も早く光様とお話をしたいのも事実でございます。むしろ最初から父上の横においてくださってもよろしかったのではありませんか? ねえ、光様?」
──あまりにも熱がこもった視線に、光も内心で困ったなと思う。実はというほどでもないが……光は彼女から積極的すぎるアプローチを貰っているのである。ストレートに言えば私とも結婚してください、と言う事である。
「光殿を困らせるな。お前の気持ちは理解しているが、だからと言ってそうぐいぐいと迫っても仕方があるまい。ましてや光殿にはすでに奥方が3人いるのだぞ?」
「ならばそこに1人増やしても何の問題もないでしょう? すでにフルーレ様やフェルミア様、沙耶様からの許可は頂いております。それに、私が光様の妻になればすべての国から妻を娶った事になりますのでバランスも良くなるかと」
菫の言葉に、光と陛下は同時に驚きの視線を向けた。完全に初耳の話だったからである。いつの間にそんな行動をしていたのかと……だが、菫の表情には余裕しか浮かんでいない。ならばまず間違いなく本当の話だろう。
「いつの間にそんな事を……我が娘ながらその行動力には呆れればよいのか、止める方法が無い事を嘆くべきなのか……」
とうとう陛下は頭を抱えてしまった。無理もない話だが。光もどこかからやってくる頭痛に表情がゆがんだ。彼女の好意からくる行動の数々は、今や国民の大半が知るぐらいに明白な物が多かったがここまでするとは……陛下のおっしゃる通り、とんでもない行動力である。
「と、言う訳で光様。私を娶って下さいませ。一生お尽くしいたします」
そんな事を云いながら、光の左の腕にしなだれかかってくる菫。そして光も当然、ここまでしたのですからお逃げになられませんよね? という圧を全力で感じている。光にとっては、正直菫、そして陛下の長男次男は子供のような感じだったのだが……いつしか菫は自分に対して恋心を抱いていると感じるようになっていた。
まあ、たぶん一過性のものだろう。良い男は世界にごまんといる、すぐに自分の事などお忘れになるだろう。そう光は考えていた。ところがどっこい、菫の愛はますます深く、そして重くなっていった。光が陛下の元に来れば常にべったり。そして80歳ごろになれば「私と結婚してくださいませ」が口癖になっていた。そんな事を繰り返していれば、あっという間に話は広まる。広まらないわけがない。
年月を経てますます美しくなった菫に、先の話を知ったうえで結婚を申し込む者は多数いたが──菫はすでにお慕いしている殿方がいますのでと言って全ての申し出を断っていた。流石に光もこれは菫の将来的にまずいとちょくちょく忠告をしていたのだが、彼女はそんな話などどこ吹く風。
「昔の100年も生きられなかった時代ならば分かりますが、今は数百年ぐらいは平気で生きられる時代ですよ? 歳の差が多少あったところで何の問題もございませんわ」
として全く譲らず。流石にどうした物かと、フルーレやフェルミア、沙耶にも菫の一件に関しては何度も相談していた。だがその結果、こんな事になるとは思いもしていなかった。ここに来て完全な不意打ち攻撃である。
「このまま一緒に帰って、私を求められても一向に構いませんわ。ふふ、そうすれば光様も私を妻の一人として迎えて下さるでしょうし」
笑みが怖い。それが光と陛下が同時に思った事であった。きちんと教育はしてきたのにどうしてこうなったのだと、再び陛下は頭を抱えていた。光もこれからどうした物かと考えていた。とにかく、菫の発言である妻三人が許可をした事の事実を確認したい。
「陛下、まずは妻に菫様の言葉が真実であるかどうかを確認したいのですが……」「すまぬ、貴殿にいらぬ負担を掛ける事となるが、その確認は非常に重要であるからな……この後親子水入らずでささやかな夕食を楽しむ事になっていると聞いていたが、そこにこんな爆弾娘を連れて行かせることとなる。すまぬ、本当にすまぬ」
陛下の爆弾娘扱いに菫は「私のどこが爆弾ですか」と不満げな表情を浮かべた。陛下は内心で「超ド級の爆弾と言わなかっただけましだろうに」などと思ってしまっていた。自覚が無いとは恐ろしいものである。
そうして、光は妻と子供が待つ家に帰る事になった……超ド級の爆弾娘を引き連れて──菫様の性格は上皇陛下の血から来ているのだろうと、陛下の周囲にいる人たちは秘かに思っている。
上皇陛下のやんちゃぶりと娘のアグレッシブすぎる行動の数々で、天皇陛下は胃薬を飲むことが多いとかなんとか……
なお、こっちの世界の日本国民からの受けはいい。




