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ドリーム・ファンタジー  作者: ゆうぱむ
第四章 戦
22/25

4.裏切りと信じる力

 最上階の部屋は、観音開きの大きな扉が開けっぱなしになっていた。

 中には大広間が広がっており、石の床の中央には、ソラたちを誘うかのように一本の赤い絨毯が敷かれ、その先の壇上に質素で色合いの少ない玉座も見えた。

 天井は非常に高くて、薄暗いためにかすんで見えない。

 両側の壁は一面、解読できない文字や絵を石に刻み込んだレリーフ(浮き彫り細工)で埋め尽くされていた。壁絵を見ているだけで、気のせいか吐き気がしてくる。

「気味が悪いや……」と、ソラが身もだえしながら言った。

「――ほら、床にもレリーフがびっしり敷き詰められているよ」

「精神的なダメージを与えるルーン文字のような効果があるかも知れないわね」

 ウミは学校の図書室で読んだ本のことを思い出していた。今はトレードマークの白い三角帽とマントをしっかり身に着けている。

「ドゥポンのホームグラウンドってとこだな」と、元野球少年のダイチが毛深い腕を振って、つぶやいた。

「〝完全アウェー〟ってやつか……ま、オレさまには、カンケーねぇことでぇ」

「頼りにしてます……」

 ソラとウミが夫婦漫才よろしくハモった。

 おそらくこの大広間は、魔王ドゥポンの玉座なのだろう。

 ようやく、というか、とうとうこんな所まで来てしまった……とソラは狭い肩幅を余計にすぼめて軽くため息をついた、

(自分の世界に帰るためだ。そう。ドゥポンさえ倒せば……終わるんだ)

 大広間はやけに静まり返っていた。さきほど下の階で聞いたあの叫び声は、ここまで旅を共にしてきた緑の肌の小人族ジフォッグの声だったはずだが、彼の姿は見えない。

 ――3人の子供たちはこの旅を出発したころに比べれば随分とたくましくなり、戦い方のコツを得て、要領も良くなっていた。

 白魔導士のウミは、防御力と攻撃力を向上させる魔法を皆にかけている。

 先頭にはパワーと防御力に優れている獣人のダイチ、後方の右手には遠隔射撃ができる弓の名手ソラ、後方の左手には2人を白魔法でサポートするウミが配して、ダイチを頂点とする攻撃的な三角形の陣形を維持しながら、魔王の玉座であろう奥の壇上へゆっくりと進んでゆく。

 しかしメッキをはがせば、もとはゲーム好きで小学校に通う平凡な子供たちだ。

「そこまで、です」

 玉座の壇上に現れたのは――案内人のジフォッグだった。

 少し、やつれて見える。いつもの毅然とした姿勢や声の張りは失っており、薄汚れたこのドゥポンゴールドの闇のように、かすれてすさんだ声だった。

 旅仲間の再会は、あまり喜ばしいものではなかった。

 ジフォッグの背後には、子供たちにとってはパソコンのディスプレイ画面で見慣れた――いや、見飽きた魔王〝ドゥポン〟の姿がそびえ立っていた。暗くかすんで見えづらいが上半身は人間の姿をしており、腰から下は太くてどっしりした大蛇のような長い尾が玉座の壇上でとぐろを巻いている……。

「そこまででございます。勇者の方々――」と、緑の肌の小人が繰り返して言った。

「あなた方が踏み込んだ石畳のエリアには、不動のレリーフが仕掛けられております。ドゥポンさまの魔力は絶大です。自力で抜け出すことは不可能でしょう……」

「なァに寝ぼけたこと、言ってるんでぇ!」ダイチが凄んで見せた。

「おめぇ、なにが〝ドゥポンさま〟だッ。頭がおかしくなったんじゃ――な、なんでぇ、こりゃあッ!?」

 足が鉛のように重くなり、怪力のダイチですら一歩も動けないことに気が付いた。ソラもウミも、まるで足から根っこが生えたように全く自由が利かなくなっていた。

「黒魔法の一種です」

と、壇上からジフォッグが言った。

「そんな解説なんかいらねぇ。なに冷静に答えてんでぇ、このチビすけッ」

「ジフォッグ――」と、ソラが話しかけた。

「僕ら仲間だろ。なぜ、そんな所に立って話しているの。降りてきていっしょにドゥポンを倒そうよ」

 ソラにもジフォッグに対する疑念が襲っていたが、少年は最後までこの緑の肌の小人のことを信じたかったのだ。

「ソラさま……貴方はあまりにも純粋なお方でございます」と心を痛めながら、小さな剣士は言った。

「わたくしめにも、守るべき大切な宝物があるのです。外の世界から来たあなた方には理解できないことなのでしょうが、この世界テル=アリアでは、力の強い者とそれに従う者だけが生き残り、権力に歯向かった者や力無き者は皆、消え失せてしまうのです」

「なにを言ってるんでぇ。ちっとも意味が分からんぞぉッ」

「――ジフォッグは」と、ウミが重い口を開いて言った。

「彼は……最初からアタシたちがこの城に来るように仕向けたのよ。きっとそこにいる魔王ドゥポンに、なにか弱みを握られて、ね。ドゥポンにとって、きっと〝伝説の勇者たち〟――すなわちアタシたちのことよ――は自分の野望の障害となる、目の上のたんこぶ、だったんだワ。アタシたちが戦いの経験を積んだり、いろいろなアイテムを獲得させないために、マリアンヌ姫を誘拐してサルマリアの国王には7日間で屈服しろ、なんて言って時間の猶予を与えなかったのね」

 ウミはソラを見て付け加えた。

「これは、攻略本の受け売りじゃないわよ。アタシの見事な推理力」

 ソラはクングースカの森で、黄金の手綱を紛失してしまって、おろおろするジフォッグを思い出した。同時に、彼がひとり夜な夜な、たき火で縄のようなものを燃やしていた姿も脳裏をかすめた……。

――黙れ、ニンゲンども……!

 地鳴りのような低い声が、大広間を越えてドゥポンゴールド城全体をゆるがした。ソラたちは思わず頭を抱えて、3人そろって赤い絨毯の上に膝をついてしまった。

 魔王ドゥポンの悪しき邪悪な声が、直接、頭の中に入り込んできたのだ。

――愚か者め……我の前ではお前たちの力など、無きにも等しいのだ

 下半身の大蛇の尾をゆっくりうねらせて、ドゥポンはジフォッグを押しのけて壇上から降りてきた。平面の世界で抱いていたドゥポンの大きさのイメージは、動物園のゾウやキリン程度だったのだが、その予想はたちまちにくつがえされた。

 背の高さもさることながら、体の奥行きや肉質といった立体的なビジュアルや、クセのある動きも、子供たちの想像をはるかに超越していた。

「くそ……頭が割れるように痛ぇぜ!」

「もう限界だわッ。ソラ、何とかならないの!?」

 ドゥポンの発する声が脳みその中を踊り狂い、正常な思考回路をどんどん破壊していくのが分かった。

 戦う気力が失われていく……。

「何か方法があるはずだよ……ッ」ソラはあきらめきれずに叫んだ。

「ジフォッグ……こんなヤツの言いなりになっちゃいけない、間違ってる……

 大切なものなら僕らにもあるよ……そのために僕らも戦ってきたんだ……

 あの夜――僕は全てを話して、とても励まされたんだ……ッ」

 魔王の巨体越しの壇上で、ジフォッグは背を向けて立ち尽くしているだけだった。

――元気な小僧たちだ

 ソラたちの苦痛にゆがんだ表情を読み取ろうと、ドゥポンが頭をかがめた。

――どうだ、痛いだろう?つらいだろう……もっと苦しめ。お前たちのその苦痛や憎しみが我の力となり、血となり肉となるのだ……ッ

 何千年、何万年の太古より生きてきた証しとして、怒りや哀しみ、そして怨念がドゥポンのいかめしい顔のしわに深く刻まれている。頭部からは髪の毛の代わりに無数の蛇の頭が生え、宙をうねりうごめいていた。

 ダイチとウミはもう話す気力も失い倒れてしまった。

 赤い絨毯に、こげ茶と純白の体が横たわる……。

 ソラも両膝をつき、ともすれば遠のく意識に必死でしがみついていた。

「僕は……あの夜」

 少年はあの夜のジフォッグの言葉を、最後まで信じようとしていた。

「教えてもらったんだ……勇気の……意味……」

――ほう、こいつはまだ立っていられるのか

 軟弱な人間を完全に見下して、何かの変わった生きものを鑑賞するかの如く、ドゥポンは少年の最後の姿を見届けようと、顔を近づけた。

 ジフォッグは拳を握りしめ、小さな体を小刻みに震わせていた。

「じ……ぶんの……ちから……を」

 少年の右足が大きくけいれんした。

「しん……じて……ッ」

 赤い絨毯に張り付いていた膝が、メリメリ、と音をたてる。

「なすべき……ことを……なす……!」

 魔王のこめかみがひくり、と反応する。

 ソラは地面からはがした右足を、大きく前に出して踏ん張った。

 片膝をついた姿勢のまま、渾身の力で弓に矢をつがえて、ドゥポンの額を狙った。

「ジフォッグ……ッ……勇気を!!」

 矢先が大きく震えて、狙いなんて定められたものではなかったが、強引に少年は引いていた弦を離し、そのまま意識を失った。

 放たれた矢はドゥポンの眉間をとらえて突き刺さった。

 壇上のジフォッグも思わず、顔をあげた。

 一瞬の静けさの後、魔王は世界中の空気が凍りつくような大声で笑いあげた。

――なかなか、たのしませてもらったぞ、小僧ォ!

 ドゥポンの額に刺さった矢は、もろくも灰と化して消えうせた。

――お前の憎しみが、我の力になった……お返しに楽にしてやろうぞ

 ドゥポンは上半身を元通り起こして直立した。そして指先を1本立てて不規則にのびた爪を、最後の力を使いはたして絨毯に横たわった少年ソラの脳天にくっつけた。

――さらばだ、伝説の勇者

 そのとき、俊敏な影が光る一本の残像を残して魔王の指先を貫いた。そして何度も何度もすばやく指を貫いて、とうとう魔王の人差し指は切り落としてしまった。

 ドゥポンは表情ひとつ変えずに、少年の前に立ちはだかった小さな剣士に言った。

――そんなことをして、後悔するぞ

「後悔を、しないための行いです!」

 緑色の小人の戦士、ジフォッグが猛々しく立っていた。

 気絶している背後のソラに対し、うなずく程度にお辞儀した。

「自分の力を信じてなすべきことをなす――

 ソラさま……このジフォッグ、貴方から逆に教わりました」

 そうつぶやくと、すぐさま両足をまっすぐそろえて胸を張り、名剣レイピアを頭上の魔王ドゥポンの顔に向けた。

――一時の感情に流されおって……お前の〝宝物〟がどうなっても知らんぞ

「全て!」と、小さな剣士は気高く、甲高い声で言った。

「最高神〝タ・ム神〟のみぞ知る所――ッ、

 ドゥポン。お前の邪悪な野望と企みは、わたくしが神にかわり成敗いたします!!」

 魔王の冷たい目が少し細くなった。

――我が温情をかけてやった恩を、仇で返そうというのか……?大した働きもせず、よくもぬけぬけと……

 剣先を突きつけ黙ったまま、ジフォッグは子供たちをかばうように立っていた。

――まぁ、よい……。肝心の〝無常の果実〟を探し出すこともできない無能なお坊ちゃんだ。もう貴様になど用はない……

 大蛇の胴体が身震いした。

――勇者たちもろとも、吹き飛ばしてくれるわ!

 すさまじい破壊力に、大広間の石壁が全てはがれ落ち、突風と衝撃波がジフォッグと勇者たちを襲った。赤い絨毯も全てめくれ上がり、そのまま大広間の扉の所まで吹っ飛ばされて、したたかに体中を床に叩きつけられてしまった。

 この世界に来てから3人の子供たちは強靭な体を手に入れていた。ダメージも大きかったが、回復も早い。レリーフの呪縛から開放された彼らは、もうろうとしながらもその場でふらふらと立ち上がった。

「ジフォッグ!」

 ソラはふらつく足を懸命に動かして、扉の外にあお向けにたおれている緑の肌の小人に駆け寄った。

「ソラさま……申し訳ございま……せん」

 あの魔王の衝撃波を最前列で受けたのだ。ソラたちと比較にならないほどのダメージのため、ジフォッグの意識は混濁していた。

 ウミもダイチも倒れたジフォッグのもとに歩み寄ってきた。

「みなさまを……神をも冒涜する悪行を、手助けしてしまいました……」

 ジフォッグは3人の勇者をおぼろげに見上げ、胸元から光輝く物体を取り出した。

「これは!?」

「そうです――〝黄金の手綱〟です」

 紛失していたはずの黄金の手綱を、ジフォッグはソラに押し付けた。

「わたくしは……魔王ドゥポンの命令でこれを焼却するつもりでした……。しかし……できませんでした……」

 小人の声がさらに弱々しくなってゆく。

「これは……燃やしてはいけない神聖な手綱です。それは……正しくありません」

 ジフォッグが少し笑った。ソラは、初めて彼の笑顔を見た気がした。

「わたくしはもう逝かなければなりません……皆さまには、謝っても謝りきれないことをしてしまいました……地獄に落ちてお詫び申し上げます――」

「何を言ってるんだよ!」ソラが叫んだ。

「謝る必要なんてないよ。これからが勝負じゃないか!

 生きろよ……生きるんだよ、ジフォッグ!」

「そうでぇ!」鼻水をずるずるに垂れ流しながらダイチが言った。

「たしかにおめぇは悪ぃことしたかも知れねぇけど、いっしょに旅してきた仲間じゃねぇか。地獄に落ちるなんてこと、言うんじゃねぇよ、馬鹿やろうッ」

「こんなことで」白魔導士ウミがそっとしゃがみこんだ。

「こんなことで、仲間を失いたくない――アタシに任せて」

 ウミが回復魔法を、必死に記憶から呼び起こし、床の上のジフォッグに唱えた。

 背後に魔王ドゥポンの影が近づいていた。勇者たちにとどめを刺すためだ。

 ソラはジフォッグから託された、黄金の手綱を握りしめた。

「ゲームなら」と、かざしていた手のひらを下ろし、ウミは不安そうに言った。

「ゲームの中なら、これで大丈夫だと、思うんだけど……。

 もう――これはゲームじゃないんだよね」

 3人の勇者は、気高い剣士を背に立ち上がり、魔王ドゥポンと対峙した。


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