表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドリーム・ファンタジー  作者: ゆうぱむ
第四章 戦
PR
23/25

5.最後の戦い

――悲しい別れは、済んだのかい?

 小馬鹿にしながら魔王ドゥポンが、ソラたちを見下ろした。

「ソラ。それ使って、ペガサス呼んで……一気に片つけちまえよ」

と、ダイチが黄金の手綱を手にしたソラに言った。

 ウミもダイチも体力は回復していたが、実際の所は2本の足で立っているのがやっとの状態だった。しかしそれは、ソラも同じことだった。

 チャンスは一回――

 ドゥポンを倒すには、一撃必殺しかない。

「下がっていて!」

 ソラは両足を踏ん張って、黄金の手綱を高く持ち上げた。

――それは……黄金の手綱?

 すでにジフォッグが燃やして処分していた、と思われていた黄金の手綱を目の前にして、ドゥポンは少し驚いた様子だった。うねらせていた腹部の動きが止まった。

 ソラは、ペガサス召喚の呪文を叫んだ。

「〈ナ・ソール・ダ・ペガサス〉!」

 闇に包まれていた天井から一筋の光が射した。

 今回ばかりは、ウミもダイチも「もう見飽きた」とも言わず、かたずを飲んで見守っている。光のトンネルを伝説の白馬ペガサスが駆け下りてきた。

 もちろん〝しらふ〟のペガサスは3人の子供を見るなり、

「やぁ!久しぶりぃ。元気してた!」

と、あいかわらずの軽い口調でごあいさつ。

 この重々しい局面に、3人は苦笑いしてしまった。

「こっちだよ、ペガサス」と、せかすようにソラが言った。

「君がご所望の、黄金の手綱……約束だ、願いを叶えてくれるかい?」

 ペガサスは金色に光る手綱を見て、表情を少し曇らせた。

「これは……」

「なんでぇ、こちとら急いでるんでぇ」

 要領を得ないソラと白馬を見かねて、ダイチが苛立った。

「どうしたの、ペガサス。もしかして、それニセモノ?」

 ウミも不安になって尋ねた。

「いや、本物だよ」と、ペガサスはあっけらかんと言って、

「なぁ~んか、馬小屋臭いなぁ、っと思って。ちゃんと洗ってくれた?ゴシゴシと」

「ふ……ざけんじゃねぇッ」ダイチが怒鳴る。

「目の前を見ろいッ。今チョ~話題の魔王さま、ドゥポンと戦ってんでぇ。

 つべこべ言ってないで、早く倒して来やがれぇ!」

 ペガサスは「へぇへぇわかりましたよ」といわんばかりに悪態をつきながら、

「ほい、ご主人さま。お乗りなさいな」

とソラが乗りやすいように、少し足を折ってしゃがんで見せた。

 それでもソラは、四苦八苦してようやく白馬の背にまたがった。

――ペガサスではないか。なにゆえ、人間の肩をもつのだ?

 魔王ドゥポンの言葉に、3人の勇者は同時につぶやいた。

「知り合い、なの?」

「まぁ、昔いろいろありましてね……」

 ペガサスはソラが自分の背中にしっかりまたがったことを確かめてから、ドゥポンを見上げた。

「ドゥポンの旦那。アンタ、評判悪いよぉ……やりすぎ。この前のパーティでも持ちきりだったよ。話題独り占めッ。くーッ、憎いね、色男はぁ」

――何が、言いたいのだ

「いくら神族の親類だからって、下界の人間や精霊をここまで苦しめるこたぁないってことッスよ――そろそろ潮時なんじゃない?」

――お前は、我を成敗するために、天上界からさしむけられたのか?

「いやいや」と、白馬はへつらいながら言った。

「旦那も見てたでしょ、今。な、そーる、だ、ぺがさす、って。

 呼ばれたから来たんスよ」

 ドゥポンが何か言おうとしたとき、阻むように、ペガサスがすかさず言葉を続けた。

「で――この背中のご主人さまが最終奥義の呪文なんかを唱えたら、やっつけちゃおうかなぁ……なんて思ってね。ドゥポンの旦那のことを」

――ほう。なぜそこまで言うのだ。人間ごときのために?

「ボクも」ペガサスがはじめて真剣な顔をして、馬上のソラをちら、と見た。

「アンタのことが――キライ、だから」

 これが合図だ、と少年ソラは思った。持っていた黄金の手綱をペガサスのりりしい首筋に回す。そして張り裂けんばかりに最終奥義の呪文を叫んだ。

「〈ヴァ・キュラス〉!!」

「はいよッ、ご主人さまァッ」

 ペガサスは後ろ足で石の床を蹴った。ソラは急激に上昇する白馬から振り落とされないように、必死に手綱にしがみつくことで精一杯だった。

「ひゃっほう!最高~~~~~~!」

 ペガサスがハイテンションにいなないた。

 加速の重力になれたころ、ドゥポンの頭上にソラたちは浮かんでいた。ドゥポンは白馬を見上げることもなく、無表情で不気味なくらい冷静だった。

――お前の手の内は分かっている、無駄な戦いはやめたほうが、利口だぞ

「そぉ~んなの、やってみないと分からないじゃないかぁ」と、ペガサスも興奮して息巻く。

「ボクの〝目くらまし〟、見破ることができるかな?」

 彼――ペガサスの最終奥義をおさらいすると、こうだ。

 最初に自分の分身をドゥポンに向かわせて、ドゥポンにはそのペガサスの分身を倒させる。そして相手が油断した所で、不意を突いて本物のペガサスがドゥポンを攻撃して倒す――というもの。

「ドゥポンには手の内がばれているんじゃないの」

とソラは白馬に尋ねた。

「いやいや。このだんなは記憶力が悪いですから、また騙してやりますよ。安心してください、ご主人さま」

と、結構安易な発想のペガサスに、ソラは不安を抱いた。

「行きますよォッ」

と、とまどうご主人さまを乗せたまま、白馬は眼下のドゥポンめがけて駆け出した。

 魔王は右手の平をペガサスに向け攻撃を受け止める姿勢を取った。魔力を帯びた朱色のシールドが現れる。

 ペガサスは少年を乗せたままドゥポンめがけて突っ込んだ。

 もちろん、これはペガサスの分身、煙とともに消えうせた。

 ふん、と魔王が鼻で笑った。

――これではいつもと同じではないか。あの能天気でおしゃべりな白馬も、ここで見納めだな

「〈~~~~~〉」

 ドゥポンは黒魔法の呪文を読み上げはじめた。

 人間には聞き取れない独特の発音――北国の豪雪地帯で吹雪く風のような唸り声が、漆黒の世界に流れる。左手から毒々しい紫色の波紋が発生して、腕中にまとわりついた。

――ヤツが再び現れるときは兆しがあるのだよ……

 ドゥポンの予想どおり、彼から見て右手方向がやんわりと光りはじめていた。

 そこから本物のペガサスと勇者がでてくるのか……

 その光源を正面に見据えて、魔王は不敵に笑った。

――さぁ、来い。こっぱみじんに宇宙のチリと化してやるわ

 光が大きくなり、炎の輪と化したその瞬間。

 炎の中心からペガサスが飛び出した。白馬は闇の中でひときわ力強く光り輝き、大広間の闇を全て打ち消してしまった。

――馬鹿め!同じ手を何度も使いおって……これでおしまいだ!

 魔王の左腕から流れ出した紫色の波が、白馬と少年を包み込んだ。

 苦痛に顔がゆがむ。

 そのまま勢いを失った白馬もろとも地面に落下してたたきつけられてしまった。

 玉座の間は、再び闇の世界に戻った。

――どのような終わりがお好みかな?ご両人。

 魔王ドゥポンは、足元に転がった瀕死の白馬を、満足げに眺めていた。彼はどうやってこの勇者たちを始末するか、頭をひねっていた。

 毒気を与える、頭を狂わせる、皮と肉を裏返しにする……できるだけ残酷で邪悪な呪いを思い浮かべたりして妄想を楽しんでいた。

――この世の終わりは、はかないものだよ……誰も助けてはくれない……どうだ、後悔の念にさいなまされておるのだろう……

 横たわる白馬と少年をのぞきこんだとき、ドゥポンは自分の目を疑った。

 なんといずれの顔も、

「への・への・もへじ」

と、書かれたフェイクの人形だったのだ!

 最強の黒魔導士ドゥポンが、2度も幻想を見せられたのだ。

――だまされていた……、このドゥポンさまがぁ?

魔王が気付いたときは、もう遅かった。彼が立ちくらみするほどのまばゆい聖なる光が、玉座の間を支配したからだ。

魔王の自尊心は激しく傷つけられ、一瞬で冷静さを失ってしまった。

――こしゃくなぁっ。小僧ぉっ、どこだぁっ!

 どがごッ

 背後にあった魔王の玉座が、大きな音をたてて破壊された。無残にも四方に破片が砕け散り、壇上の玉座は跡形も失くなってしまった。そして光に包まれた――というよりも真っ白に色ぬられた大広間の中に、ペガサスが飛び出した。

 ドゥポンは焦って、両腕をぶんぶん振り回して濃い赤の防御壁を張った。

「いっくよ~ッ、だんなァ~~~~~~!」

 勢いに乗るペガサスが大きくいなないた。両翼をより大胆に羽ばたかせると、波ひとつない湖面の如く濃い青の水しぶきが広がった。

 ドゥポンの防御壁の紅色と、ペガサスからあふれ出した藍色がぶつかる!

「キシィィィィィィィィイ――――――――――――――――ッ!!」

 呪われたこの世界の暗闇をつんざく高い音と七色の閃光。

 地上で見守っていた白魔導士ウミと獣人ダイチは思わず耳を塞いだ。目も開けていられないほどだ。

 一瞬耐えたかのように見えた魔王の防御壁は、徐々に押し曲げられ始めた。ドゥポンの表情が初めて苦痛にゆがむ。

 ソラが黄金の手綱をぐいと引くと、「ヒ、ヒィィィンッ」と、再び白馬が空高くいなないた。同時にペガサスから発せられた藍色の波がより強くまばゆく光り輝く。

 気付けばドゥポンを守っていた血の壁を青い光線が貫いていた。魔王は最後の防御を崩されて、身をさらし傷つき、無防備になっていた。 

 勇者と見まがえるほどの馬上のソラは、矢筒から金の矢をつかんだ。弓の弦にあて、耳の後ろまでキリキリ……、と引いた。

 最終局面――

 ゲームでは、いつもここで、画面が真っ暗になってしまい、その先を見ることができなかった。それが今、現実に自分がその未知の扉を開くことになろうとは……

 少年は目の前で起こる全てのことを受け止め、しっかり理解しようとしていた。

(〝なすべきこと〟をやり遂げて、僕たちは自分たちの世界に帰るんだ!)

 伝説の白馬ペガサスの背に乗った伝説の勇者ソラは、弓矢を力強く、放った。

「行くぞ!ドゥポン!!」

 黄金の矢は、びゅぅッ、と短い音を残して、魔王の顔面へ喰らいつくように飛んだ。

 攻撃を防ぐために傷ついた両腕をけだるく持ち上げたが、ドゥポンの万策はすでに尽きていた。黄金色の矢は彼の両腕の間をすりぬけ、見事、眉間に命中した。

 巨大な大蛇の怪物は上半身を直立させておく力さえ失い、粉砕されて散らばっていた自分の玉座の破片たちに埋もれるようにして倒れた。

 轟音がおさまり、彼は動かぬ岩となった。


(終わった……)

 ドゥポンゴールド城の大広間に無事着地して、ソラは、ペガサスから降りた。

 ウミとダイチが駆け寄ってきた。

 子供たちは3人で喜び合って、抱き合ったりしていたが、大広間の扉の向こうで横になっていたジフォッグがむくりと起き上がるのを見て、今度は4人で抱き合った。

 ウミが最も大事なことに気が付いて言った。

「あ、お姫さまは?マリアンヌ姫を探さなきゃ」

 そうだ、お姫さまをサルマリア国王のもとに返して、はやく現実の世界に戻ろう。

「おかしい、ですね……」

 ジフォッグがすっかり冷静な紳士に戻った様子で、つぶやいた。

 壊れた壁から外の空を見上げている。上空は暗雲が垂れ込めているままだった。

「ドゥポンを倒したのに、闇が全く晴れない。それにわたくしの体も……」

「わたくしの……からだ?」

と、ソラたちが尋ねようとしたとき、ペガサスが口をはさんだ。

「あの……」

「あんだよ、今ジフォッグから大事な話を聞いてんでぇ。邪魔すんなよぉ」

と、ダイチが体毛をかきむしりながら言った。

「う、うしろ」ペガサスが少し声を震わせて続けた。

「あ~あ……あんなにおっきくなっちゃったぁ」

 ペガサスがあまりにも大声で言うので、ダイチも面倒くさそうに大広間の中央を振り返った。

「なんにも、いねぇ、ぞ」

 ウミが、ペガサスに気が付いて、

「あ、もう帰っていいわよ。おつかれさま、ペガサス。天上界の神々にもよろしく言っといてね」

と、軽くあしらう。

「どうしたの、ダイチくん」

「いや、ペガサスがさぁ」と両腕を後頭部に組んで、

「後ろを見ろ、見たいなことをいうからよぉ。見たけど、なんもねぇんだよ。いいんだよ、こっちの話は。それよりジフォッグが、なんだってぇ?」

「なにも、無い?」ジフォッグがぴょんと、飛び上がって大広間に入った。

「たいへん、です。勇者の方々……ッ」

 3人の子供もゆっくり振り返ると、信じられない光景、信じたくは無い巨大な生き物の影が、ゆらり、ゆらりと闇の中でゆれていた。

 魔王、ドゥポン――――――――――――――――――――――

 彼はまだ、この世と地獄のふちの境目でとどまっていたのだ。

――あんな小細工で……我を倒せるとでも思ったか……!

 言葉と共に、直接、頭の中に邪悪な魔術と怨念が入り込んできた。

「うあぁ……ッ」

 再び襲ってきた彼の精神攻撃をまともにくらい、3人の子供と緑色の小人たちは、床にひれ伏してしまった。

 ソラもペガサスにまたがる余裕すらない。おそらく、それもドゥポンも狙いなのだ。

 もうこちらの手の内は全部見せてしまった……不死身のドゥポンに勝つ術は、勇者たちに残されてはいなかった。

「あのぉ、ボクぅ……」とペガサスがウミに尋ねた。

「ボク、帰っていいッスか?」

 彼は、誰からも返答が無い(できない)ことを確かめてから、

「じゃ、さいなら~」

と、文字通り尻尾を巻いて、邪悪なエネルギーが充満したドゥポンゴールド城をあっさりと逃げ出してしまった。伝説の白馬から見離されてしまった勇者たちはなすすべもなく、魔王の波状攻撃を受けて弱っていく。

 ソラはもんどりうって、転び、這いずりまわりながら、大広間の扉を出て、壊れた壁の前に来た。ぽっかり開いた壁から外が見える。

(いっそ……飛び降りてしまいたい……ッ)

 全身に電流が走るような痺れと痛み、心が凍りつきそうな冷たい刃が、何度も何度もソラの脳内を切り裂いてくる。

(我慢できないよ……もう、飛び降りて終わりにしよう……みんな、ごめん……ッ)

 崩れた壁から下をのぞくと、3階とはいえ、地面ははるか遠い。落ちたら、確実に命は無いだろう。しかし少年は、この耐え切れない痛みから早く逃れたいと思う誘惑に、負けそうになっていた。

 まさに身を乗り出して、城壁から半身を出したとき、ドゥポンゴールドの空を覆いつくす暗闇に一点の光源が見えた。

(傷みのあまり、幻想を見ているのかな)

 小さな光が、ちらちらと上下に揺れながら、こちらに近づいてくる。

(鳥……かな?)

 かなりの速度で接近しているのか、光の塊はどんどん大きくなり、その輪郭がソラの視界にはっきり捉えられた。

(鳥……じゃない)

 光の正体が分かったとき、ソラは「天は勇者に更なる試練を与えるのか……」という、なにかの本の一節を思い出した。

(あれは……!?)

 間違いない――!!

 ソソ村の守護竜、ラードゥーンだった。

 試練の洞穴で、ソラたちが盗み出した黄金のリンゴの木を守っていた、あの黄金のうろこで包まれた聖なるドラゴンだ。大きな翼で闇を蹴って、まっしぐらにソラのいる崩れた壁へ突進してきた。

(わ……ぁッ)

 ソラを城の内側に吹き飛ばし、石壁を壊しながら黄金の竜は大広間に降り立った。

 ソラはしたたかに石の床に叩きつけられた。首がもげそうなくらい痛い思いはしたが、あの城壁の穴から飛び降りて、命を落とすことからは救われた。

 二つの首をもたげて、ラードゥーンは大広間の前に立った。両翼をたたんで腰をかがめ、四つんばいで扉をくぐったのだが、先ほど城壁を壊したようにこの扉も自分の体の大きさに合わせるように破壊してしまった。

 守護竜の乱入にドゥポンの気が散らされて、子供たちへの精神攻撃が一旦やんだ。

 その隙にソラたちは、頭痛の余韻に怯えながら頭を抱え、床を這いずるようにして大広間の扉付近に集まった。

 大広間に入った黄金の守護竜ラードゥーンが高らかに名を名乗った。

「私は、ソソペリデスの塚山の守護竜、ラードゥーンと申します。この争いごと、一時休戦してくれないかしら!」

 その軽やかな美声と伸びのある口調に、ソラたちは顔を見合わせた。

 ドラゴンは――女の子だったのだ。

「〝おねぇ系〟じゃねぇよな……」

 ダイチが身震いしながら言った。

――また、邪魔者が入ったか……うるさいぞ女。こいつらを片付けたら、お前もいっしょに葬り去ってやるから、そこでおとなしく待っていろ!

 魔王ドゥポンは蛇のような目でラードゥーンを威嚇した。

「貴方はドゥポンさん、ですね」と、〝彼女〟は気にも留めずしゃべり始めた。

「素敵なお城ね……。ブルクとシュロスをかけ合わせた建築様式で、とても個性的♪」

――おい、聞いているのか女!

 たぶん聞こえていないようで、彼女は話し続けた。

「遠くの上空からこのお城を見たときも、湖上にポツンとそびえるベルクフリートが印象的だったわ。暗闇に鈍い光を発している辺りもなかなかクール。

 でもそこの壁は、〝入り口〟にしては小さすぎたわ。私なんか痩せてスマートな方なのに、入ってくるとき大変だったわよ。おもてなしするには、もう少しゆとりのある開口部がいいわね……さっき、ちょっとばかし広げておいたから、仕上げはご自身でなさってちょうだいね♪」

――何なのだ……お前は

 ソラたちも初めてドゥポンと意見が一致して、大きくうなずいた。

「内装は地味ね……ルネッサンス調かしら。私は躍動感のあるバロック調が好きぃ♪

 私、何万年もずっと洞窟暮らしだったのよ。変化を求めているのね、きっと。

 最近もヤなことがあって、とうとう住んでいた洞穴をぶっ壊しちゃったのよ。

 えへ♪

 そのせいで塚山が半分近く吹っ飛んじゃったけどね――」

(あの試練の洞穴が、吹っ飛んだ……?)

 ソラも身震いした。

「貴方たち……は?」

 ラードゥーンは足元のソラたちに気が付き、記憶を巡らしているようだった。

「前にどこかで会ったような――」

 彼女がベタな台詞を吐き始めたので、黄金のリンゴを盗んだ張本人のソラとダイチが、今度は同時に身震いした。

(やばい……)

――おい、女!

 放置状態のドゥポンが堪らず2、3歩前に歩み出た。

ま、胴体が蛇なので、目安で、だが。

――女、ここへ何をしにきたのだ!

 さすがのドゥポンも、とりあえず彼女と話をしようとしている。

「あぁ――ドゥポンさん、ごめんなさい」と、ラードゥーンは魔王のことを本当に忘れていた様子で、あらためて視線をドゥポンに向けた。

「ソソペリデスでも貴方の奇行は聞き及んでおります。近頃テル=アリアに邪気を満たすこの愚行は許せない……けど、大目に見ましょう。私の大切な宝物、〝赤いリンゴ〟を返していただければ、すぐこの場を去るわ」

(赤い、リンゴ?)

 ソラは妙に思った。

 〝黄金〟ではなく、彼女は今確かに〝赤いリンゴ〟、と言った。

(そんなもの、あったっけ……?)

 ドゥポンが右手から邪悪な波紋をドラゴンに投げかけた。

 身のこなしすばやく、ラードゥーンは攻撃を避けた。もちろん、威嚇の攻撃なのだが、巨体どうしの戦いだ。彼らが歩いたり攻撃したりするたびに、城全体が崩れてしまいそうだった。

――そんなものは知らぬ。去れ!

「返して欲しいだけなのよ――だって、このお城の中は私の赤いリンゴちゃんの香りでぷんぷん充満しているんだもの……」

 彼女は長い鼻先を天井に向けて、くんくんと匂いを嗅ぐ仕草をした。

――確かに、ラードゥーンは赤いリンゴと言っている。

「赤い、リンゴなんてなかったよね」と、ソラはダイチを見て言った。

「試練の洞穴からは黄金のリンゴをひとつしか、持ち出していないはずだし……、ほかの誰かが盗み出したのかな」

「いやぁ……」珍しくダイチの目が泳いでいる。

「それがさぁ……あんときオレ、腹ぁ減ってしょうがなくてさぁ……」

 そう言って、ダイチは半ズボンのポケットから、ゆっくりと赤くて丸いものを出した。

 甘酸っぱいリンゴの香りがただよった。

 ソラ、ウミ、もちろんジフォッグもフリーズ。うえに絶句。

「でもいざ拾ってくると、忘れているもんだなぁ」と、のんきにダイチが言った。

「あれから旅の途中、腹が減ってばっかだったのによぉ。食っちゃえばよかったんだよなぁ、そんとき。――あ、いま食っちゃおうか?ラードゥーンに気付かれないうちに」

「ダイチ、もう遅いワ」と、軽蔑のまなざしでウミが言った。

「彼女――こっち見てるもん」

 ラードゥーンがダイチの手元を凝視していた。

「それは私の……、私の大切な赤いリンゴ――〝無常の果実〟だわ!!」

 彼女はまるで猫じゃらしを発見してウキウキしちゃった猫のように、開ききった瞳孔をらんらんと輝かせた。おまけに体勢を低くして、黄金のお尻をフリフリ振りながら狙いを定めているではないか。

 背後にいるドゥポンの表情が明らかにゆがんだ。

――無常の……果実ぅぅぅ???

「ダイチくん!」突然、大声でソラが叫んだ。

「その赤いリンゴ……ッ、投げて……投げつけて!!」

「そ……そんなに怒るなってぇ」普段はおとなしいソラの剣幕に驚いて、ダイチはすっくと立ち上がった。

「返せばいいんだろぉ、ラードゥーンのおばさんに。オレが行ってくるってば」

 しゅんとしてダイチはとぼとぼと歩き出した。

「そうじゃないよッ」

「そうじゃないわよッ」

 ウミとソラに同時に叫ばれて、ダイチは振り返った。

「な、なんでぇ、夫婦漫才ッ」

「ダイチ、あんたの持ってる赤いリンゴ。それは無常の果実なのよ!」

 白い帽子を放り上げて、ウミが叫ぶ。

「無常の、果実……って、何だっけ?」

 ラードゥーンがダイチを見下ろしていた。さらにそのうしろから、ダイチが持っている赤いリンゴを奪おうと、ドゥポンも這うように迫っていた。

「そのリンゴを、ドゥポンに投げるんだッ」ソラは、急いで弓矢を引きながら叫んだ。

「無常の果実なんだ!ドゥポンを倒す唯一のアイテムだ、ダイチくんッ。

 それが今、君の手の中にあるんだッ!!」

 ようやく事態を把握したダイチは、それでも不機嫌そうに振り返って言った。

「なら、早くそう言えってんでぇ!」

 ラードゥーンがダイチから赤いリンゴを受け取ろうと、金のうろこで覆われた腕を出したとき、獣人ダイチの肩がうなった。

 ラードゥーンの背後から、赤いリンゴを横取りしようとしていたドゥポンの醜い顔をめがけて赤いリンゴ――無常の果実を、思いっきり投げつけた。

 のどから手が出るほど欲しかった無常の果実――少々面食らいながらも、ドゥポンは赤いリンゴを2本の指先ではさんでキャッチした。

「あッ、私の赤いリンゴちゃんが……!?」

 哀しげにラードゥーン嬢が振り返り、ドゥポンとダイチを交互に見た。

――はッはッはッはッは――ッ。ようやく手に入れたぞぉ――!!

 彼女が憤り、即座に無常の果実――赤いリンゴを奪い取りに来る、とドゥポンは決めつけていた。だから右手で防御網を張る準備もしていた。

――あきらめろ、女。このリンゴは我も手に入れたかった代物なのだ

 しかし黄金の守護竜は、まるで飼い猫がおとなしく部屋の隅っこで落ち着くように、その場で行儀よく座り込み、つぶらな瞳でドゥポン見つめたまま、何も言わなくなってしまった。

――我には歯向かえぬ、と判断したのだな……案外、お利口さんではないか、女

 この世の中に、もう自分の身を脅かすものは無くなった、と魔王は確信した。

――我の、完全なる勝利だ

 高らかに不気味な声をあげて笑いはじめた。

 目の前の小さな赤いリンゴ……こんな小さなものに怯えていたかと思うと、腹も立つが、そんなことはどうでもいい。こんなもの、はやく処分してしまおう……。小さい、といえば、あのちっぽけな人間の子供たち――伝説の勇者たちも八つ裂きにしてやらんと。早々に片付けてしまおう……。

と、ドゥポンは指先の赤いリンゴ越しに、地面に立つ勇者たちを見やった。

 一人の少年が弓を引いて、こちらをにらんでいる。

――また、我の眉間でも狙っているのか……無駄なことを

 びゅぅッ、という音が聞こえた。ほんの数十分前にも聞いたことのある、ドゥポンにとっては、心地よい音だ。

 しかし次の瞬間、放たれた矢は指の間にあった赤いリンゴに命中していた。紅玉の実を突き刺したまま、矢尻はドゥポンの指をするりと抜けて、あんぐり開けていた彼の口の中へ吸い込まれていった。

「やったぜ、ソラッ。すげぇぞ、おめぇ!」

――なにが……

「ソラッ。すごい!」

――なにがそんなに、すごいのだ?

 何が起こったのか、理解する間もなくドゥポンの脳が溶けはじめた。

――だれか

 大蛇のような彼ご自慢の胴体や、筋骨たくましかった両腕に亀裂が生じて無残に引き裂かれてゆく。ドゥポンの体内から聖なる閃光が漏れはじめた。

――お、し、え、ろ……

「女、女、って女の子をバカにして――〝ばち〟が当たったのよ」

 それが、ドゥポンのこの世で聞いた最後の言葉だった。

 魔王の姿が白い光に包まれて残像のように薄れてゆく。まばゆい閃光は城外に溢れ出し、国境を越えて、テル=アリアの全土に光の粒子となって降りそそいだ。

――゛あ・゛あ・゛あ・゛あ・゛あ…………

 断末魔の叫び声。

 闇の帝国ドゥポンゴールドが、神聖な光に支配されていく。

 やがて邪悪な存在はこの地上から消え去り、夜空に白金の満月が浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ