6.出発
窓から差し込む朝陽のまぶしさに、ソラは目を覚ました。
見覚えの無い天井が見えた――が、ついいつもの癖で、パソコンデスクがあるあたりに手を伸ばして、眼鏡を探してしまった。
もちろん黒い眼鏡もパソコンデスクもそこには、無い。
徐々に頭がハッキリしてくると、ここが自分の部屋ではないことが分かって、
「夢――じゃなかったんだ」
と、ソラは落胆した。
「よぉ、ねぼすけぇ」
と、だみ声が聞こえてきた。
「今ころお目覚めかぁ。早く朝飯食っちまえよ」
血圧の高いダイチが〝こん棒〟らしきものをブンブン振り回している。
「朝から元気だな……」
「おはようございます。良く寝られましたか」と、緑の紳士ジフォッグが現れた。行儀よくお辞儀をひとつ。
「朝ごはんができておりますよ。よければ出発前に召し上がってください」
「じゃあ……いただきます」
ソラが食卓に座ると、ウミが朝食のサンドイッチをほおばっていた。
「おはよ、ソラ」
「おはよう、ウミさん」
いつも朝食は食べないソラだったが、これから旅に出る――と考えれば、今のうちに美味しいご飯を食べておこう、と思った。ソラは食卓に並んでいたベーコンエッグが載ったお皿を手に取り、コショウらしき調味料を振りかけて食べた。
「おいしい」と、思わずもらす。
「おいしいね」と、何気なくウミも言った。
会話するつもりで「おいしい」と言ったつもりではなかったので、ソラは一家団欒の朝食を囲んでいるような気分になり、急に恥ずかしくなった。
「どうしたの、ソラ」食事の手が止まっているソラにウミが尋ねた。彼女はさっさと何個目かのサンドイッチを口にしていた。
「まだ、寝ぼけてんじゃ、ないの?」
「ん、いや……。朝食を誰かといっしょに食べるなんて……なんか、久しぶりだったから」
「ふうん、そう……なんだ」と、ウミはソラを見て、
「昨日の夜も、みんなと夕食できて楽しかったね」
と笑顔でソラに言った。
「うん……。まぁ、昨日はいろいろありすぎて、頭が混乱していたけどね。ペガサスもとんでもなくチャラ男だったし……」
ソラは苦笑いしながらスクランブルエッグをスプーンですくって口に入れた。
「おめぇら、まだ食ってんのかよ」ダイチが、どん、とソラの背中を叩く。ソラは面食らってむせてしまった。
「オレッちなんかよ、ジフォッグのオッサンから剣術を教えてもらっているんだぜぇ」
と、自慢げに手に持ったこん棒をソラたちに見せた。
先ほど、ブンブンと振り回していたのは、どうやら剣士のまねごと、らしい。
ゴリラから原人に進化したか。
「それは――良かったね」
のどに詰まらせた食べ物を、水で流し込みながらソラが言った。
ダイチは得意げに、えい、やぁ、とまたチャンバラを始めている。
「やる気、満々ね――彼は」
と、ウミも苦笑いした。
朝食を食べ終わったころ、ジフォッグが3人の所にやってきて言った。
「では、出発前に簡単に旅のプランを申し上げます」と始めた。
ダイチが、よぉっ、とオヤジばりに拍手したので、ソラもついつられて軽く拍手してしまった。ウミが「おバカ」と2人を冷たく言い放った。
「昨晩も申し上げましたが」と、咳払いしながら緑色の案内人は言葉を続けた。
「初日の今日は、まず近くのソソ村に参ります。旅の道中、ペガサスさまに手助けしてもらうために〝黄金の手綱〟を入手することが目的です。
その後は、一路、西に進路を取ってドゥポンゴールド城へ向かいます。それには、最初に森を抜けなければなりません――」
ジフォッグの説明は長くなりそうなので、割愛して順路を並べると次の通りだ。
①ソソ村、で黄金の手綱を手に入れる
②クングースカの森、を抜ける
③キリカリ山脈、を越える
④シーブードゥーの大沼、を渡る
⑤ドゥポンゴールド城、で魔王ドゥポンと対決
……以上、約7日間の行程――提示された期限ギリギリの旅のプランである。
「森に山に沼……か。けっこう長ぇな」
少しテンションが下がるダイチ。
「ドゥポンの魔力を無効化できる〝無常の果実〟の情報も、常に収集しながら旅を進めて参ります。ありかが分かれば、行程を変更してでも入手に向かわなければなりません。
――約束の期日はあと7日です。
決してたやすい旅ではございませんが、伝説の勇者の方々なら、必ずや成し遂げていただけると信じております。わたくしも、非力ながら力添えいたしますので、心して挑んでいただきとう、ございます」
と、深々とお辞儀をした。
子供たち、まばらに拍手――大人に気を遣う年頃なのだ――。まるで選挙当日の街頭演説のようにこっけいで、ソラは笑いをこらえた。
「ドゥポンを倒して、マリアンヌ姫を助け出して――
そうすれば現実の世界に帰ることができるのよね」
と、ウミは念を押した。
「クリアしたら、オレのこの毛むくじゃらの格好も元に戻るんだろうな」と、ダイチ。
「ま、この世界ではこのままでもいいんだけどよぉ」
「すっかり、元通りにございます」
と、再びお辞儀するジフォッグ。
そうなのだ。
とにかく、やることやらないと現実の世界に戻ることはできないのだ。
「それにしても」と、ソラが言った。
「この世界のこと詳しいよね、ジフォッグ。まるで全部行ったことがあるみたい……」
軽い気持ちで尋ねただけなのだが、ジフォッグが押し黙ってしまった。
「そりゃそうだろ、ゲームん中の案内役なんだからよぉ」
と、ダイチが助け舟を出したので、ジフォッグも、
「はい、全て人から聞いた話を参考にしている設定、でございます」
と、落ち着き払って、ソラにお辞儀した。
ソラには、弁解じみた口調に聞こえた……。
「日沈む、暗黒の国ドゥポンゴールドへ……ッ、――いざ行かん!」
ジフォッグの掛け声とともに、4人一行は朝焼けのサルマリア城を出発した。
誰ひとりからも見送られることのない、密かな旅立ちだった。




