第26話 受領の印
通用口の前で、ナギは保管容器を持ち直した。
透明な蓋の下に、自分の操作記録がある。割ったり、落としたりしないように気をつけるほど、手が滑りそうだった。澪が隣で歩いていたが、代わりに持つとは言わなかった。
「持ってほしくなったら、言う」
ナギが告げると、澪はうなずいた。
外側の扉の向こうに、外部担当者がいた。端末の画面で見た人と、同じ髪型だった。映像で話していた人が、ちゃんと体を持って待っている。それが、ナギには不思議だった。
子どもたちの乗った運搬台が、先に受け渡された。晴は外へ出る直前、黄色い髪留めをポケットへ押し込み、ナギを振り返った。
「それ、重い?」
「軽い。でも、落としたくない」
晴はうなずき、外の職員に案内されていった。
ナギが扉へ進むと、読み取り機が警告を出した。監査部品の取外しと、納品登録の予約が食い違っているらしい。画面には『原状態に復帰後、搬出』と出た。
征一が、ナギの前へ回った。
「戻しなさい。器体の安全性を確認してから、改めて外へ出す」
ナギは容器を胸へ寄せた。安全という言葉が、ここへ戻る理由に何度も使われる。
律子は外部担当者へ、封印部品を取り外す手順が完了していると説明した。ユノも処置記録を提示した。それでも征一は、施設長としての確認が必要だと繰り返した。
「ならば、その場で確認してください」
外部担当者は、扉の向こうから言った。
「原本は先に受領します。器体の確認は、本人と処置担当者の立会いで続けられます。原本を戻さなければ調べられない理由を、記録してください」
征一は返事をしなかった。回収機へ短い指示を出す。機械が進み、ナギの前に腕を広げた。
ナギは後ろへ下がらなかった。戻ると、容器を渡せなくなる。
「これを持っている間だけ、わたしの話を聞くの?」
征一がナギを見た。
「何を言っている」
「持ってなかったときは、嫌だって言っても消した。いまは、返せって話してる。中に入っている記録だけが、あなたにとって大事なの?」
ナギの声は震えていた。言い終えても、強くなった気はしなかった。
ユノが、ナギの横へ来た。回収機の腕へ自分の手を重ね、動きを止める。外装がこすれ、右の手首が不自然な角度で止まった。
「患者の動線を確保します」
その瞬間、澪がナギの隣を抜けた。澪自身の、病院で発行された患者証を読み取り機へ当てる。
扉が、人間の患者の退室のために開いた。
澪はナギへ手を差し出した。
「私と一緒に、歩いてもいい?」
ナギは左手で、その手を握った。右腕には、容器を抱えたままだった。
ユノが二人の通過を記録した。最後まで、この施設はナギだけを人として通そうとはしなかった。その事実も、外の担当者が見ていた。
扉の向こうで、ナギは容器を渡した。担当者は封を確認し、番号を読み上げ、受領の印を入れた紙をナギへ渡した。
何も失っていないか確かめるように、ナギは両手を開いた。紙が一枚、残った。
自分の話を、ほかの人が預かったという紙だった。
澪はすぐに手を離さず、離してよいかと尋ねた。ナギはうなずいた。
そのあとでハチが、通路の途中で充電を切らしていることが分かった。外の職員が台を持ち込み、持ち物の箱ごと運び出した。ユノも右腕を支えながら出てきた。
ナギは全員が通り終わるまで、そこにいた。
空が明るくなっている。澪の手を離しても、外へ出たことは取り消されなかった。
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