第23話 公開される署名
公開範囲の確認には、思っていたより時間がかかった。
律子の署名を含む操作履歴。澪の同意範囲が広げられたことを示す承認記録。拒否の反応があったあとも、処置を続けた時刻と担当者。診療画像や面談の音声は、非公開の保全領域へ分けられた。
ナギは一つずつ説明を聞き、自分に関係する項目を確かめた。
「泣いた回数も、出る?」
「必要ありません。拒否が記録されたあと、誰が何をしたかを示します」
外部担当者の答えを聞いて、ナギは肩の力を抜いた。
怖かったことを説明するために、もっと怖かった顔を見せなければいけないのだと思っていた。それを求められないことが、ありがたかった。
征一は画面の横へ来た。
「私の反論も記録しなさい。本人の利益を考え、苦痛を取り除くための処置だった。顧客に安定した支援を提供する責任がある」
外部担当者はうなずき、その発言も保存すると答えた。
征一は、自分の言葉が残ると分かってから、少し落ち着いたようだった。最後まで、説明すれば自分の判断が正しかったと分かってもらえると思っているのかもしれない。
「君だって、怖くないほうがいいだろう」
ナギへ向けられた言葉だった。
「怖いことを、やめてほしかった。怖がるわたしを消してほしかったんじゃない」
征一は眉を寄せた。ナギは、それ以上うまく言おうとしなかった。自分の言ったことを、相手がすぐに分かる形へ直す役は、いまは引き受けたくなかった。
受領が始まった。画面の数字が、ゆっくり進む。
廊下の時計は五時二十九分だった。半分を越えたところで、天井の照明が落ちた。非常灯がつき、接続の数字が止まる。
「施設側で回線の停止操作が入りました」
外部担当者の声が、途切れながら届いた。律子が征一を見た。征一は机の端末へ置いた手を離した。
「患者情報が含まれていないか、再点検が必要だ」
「いま一緒に確認したでしょう」
律子は立ち上がった。澪がナギの接続口を確認する。ケーブルを急に抜いてよいものではないと分かり、ナギは台の上で動かなかった。
扉の回収機が室内へ入ってきた。
「納品前点検を実施します。候補体は現在位置を保持してください」
晴が運搬台の端へ寄った。ユノがその前に立ち、進路をふさいだ。
「人員と器体が密集しています。接触を避けてください」
律子が予備の監査用回線を開いた。外部から受理された保全手順のために、最初から別に確保していた接続だった。征一が同じ操作卓へ手を伸ばすと、律子は自分の体で画面を隠した。
「止める操作も、いま記録されている」
ナギは青いボタンを持つ手を開いた。汗をかいているのかどうか分からないが、指の間が湿っていた。
ここで接続を外せば、止められることもある。外さなければ、怖い時間は続く。
ナギは澪へ言った。
「続けて。痛くなったら、ちゃんと言う」
数字がまた進み始めた。征一は律子の肩へ手をかけたが、ナギが見ていることに気づき、離した。
最後の一パーセントが消えるまで、誰も声を出さなかった。
『受領完了。保全開始通知、公開済』
文字が出ても、すぐには安心できなかった。体はまだ、つかまれるときの形で固くなっていた。
外部担当者が、通用口に対応要員が到着したと告げた。資料を見て駆けつけたのではなく、律子の最初の通報から向かっていた人たちだった。ようやく、受け渡しの準備が整ったという。
征一は公開された画面を見ていた。名前の中に、自分と、妻と、澪が並んでいる。
ナギは、勝ったとは思わなかった。ここから、消せなくなったものを抱えて出ていくのだと思った。
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