第20話 家族になる条件
契約の最初の画面には、部屋の写真があった。
白い机と、青いカーテン。窓の外に電柱が見える。研究所の窓には、電柱がなかった。ナギは写真を拡大し、洗濯物のかかった隣の家まで見た。
引取先の夫婦は、画面の中で並んでいた。二人とも機械の扱いに慣れているわけではないらしい。紹介文には、『静かに本を読む子と暮らしたい』と書いてあった。
「わたし、本を読むの好きかな」
ナギが言うと、征一は穏やかに答えた。
「新しい生活の中で、好きなものを増やしていけばいい」
次の画面には、初期設定の希望があった。
反論を控える。強い不安を家庭内へ持ち込まない。保護者への報告を優先する。『研究所での経験を思い出させない』という項目に、印がついている。
ナギはスクロールする指を止めた。
「忘れるのは、怖かったことだけ?」
「関連する記憶は、まとめて整理する」
「ハチに会ったことも。晴が家を折ろうとしていたことも?」
征一は、肯定とも否定ともつかない顔をした。ナギは画面をさらに下へ送った。本人確認欄の横に、処置範囲がある。
個人記憶の再導入。対人応答の再調整。監査領域の施設回収。
怖かったことだけを選んで消せる契約ではなかった。
「じゃあ、ここで嫌だって思ったわたしは、向こうへ行けない」
「嫌だと思わずに暮らせるようになる。それも救済の一つだよ」
ナギは画面を膝へ置いた。救われたと感じる自分が、あとにできるのかもしれない。その自分は、本当にうれしいのかもしれない。
けれど、いまここで迷っている自分が、その暮らしを覚えていることはない。
澪が、少し離れた椅子に座った。
「家族が欲しいと思うことは、間違っていない。私が引き取ると約束できなかったから、そちらを選びたくなるなら、そのことを責める権利もない」
ナギは澪を見た。止めてほしかった。止めたあとで、自分が引き取ると言ってほしかった。
その言葉を言わせるために怖い道を選びそうになった自分に気づき、顔が熱くなった。
「お母さんになってくれるって、言ってくれたらいいのに」
澪は目を伏せた。ナギは謝らなかった。
「いま言ったら、あなたをここから動かすための約束になる。私はもう、それをしたくない」
律子は、別の書類を持ってきた。八人の子どもたちを外部の保全管理へ移すという文書だった。征一が提案に添えた条件を、そのまま署名させたものだという。
「あなたが契約するなら、少なくとも口約束だけでは進ませない。でも、あなた自身の記録を失うことは、これでは防げない」
ナギは書類を見た。自分が忘れる代わりに、ほかの子たちは少し安全になる。そう考えると、急に決めやすくなった。
決めやすくなること自体が、怖かった。自分の要求を下げるように作られたことを、知っているからだった。
ハチが近づき、浅い容器をナギへ向けた。中は空だった。預ける物があるなら受け取るというように、じっと待っている。
ナギはポケットの輪に触れた。捨てないで、と昨日の自分は頼んだ。それは、今日の自分を縛るための頼みではなかったはずだ。
自分で決めるというのは、何を選んでも正しくなることではない。選んだあとに、戻せないものがあると分かった上で、手を動かすことでもある。
端末には、同意欄と辞退欄が並んでいた。征一は、もう何も言わなかった。
【選択】
・記憶と設定の変更を受け入れ、用意された家族のもとへ行く。→第22話へ移動
・契約を辞退し、いまの記憶を持って外へ出る方法を探す。→第21話へ移動




