第12話 迎えを待つ部屋
下の通路の先には、子ども用の椅子が並んでいた。
受付の窓口は閉まり、壁の予定表には、何も書かれていない。一脚だけ、椅子に男の子が座っていた。七歳くらいに見える。青い服を着て、膝の上に折り紙を置いていた。
ナギが入ると、男の子は立ち上がった。
「こんにちは。晴です。好きな食べ物は、何でも大丈夫です」
早口で言い終え、ナギの顔を見た。次の質問を待っているらしい。
「わたしはナギ。面談の人じゃないよ」
晴の笑顔が少し崩れた。それから、同じ位置へ戻った。
「見学の方ですね。こちらへどうぞ」
奥の扉を指してから、自分の手を下ろした。何を言えばいいか、分からなくなったようだった。
ナギは隣の椅子へ座った。座面は小さく、膝が高くなる。晴もゆっくり座り、折り紙を膝へ戻した。
「何を折ってるの」
「家。屋根だけ、まだできない」
折り紙は何度も開き直され、角が柔らかくなっていた。ナギも折り方は分からなかった。二人で紙をひっくり返してみたが、屋根にはならない。
晴は、しばらくして聞いた。
「できなくても、終わりになる?」
「何が?」
「今日は、もういいですってなる?」
ナギは紙を机に置いた。終わりという言葉の意味が、自分と晴では違うのだと思った。
「分からないことなら、あとで誰かに聞こう」
晴は、紙を畳まずに置いておいた。
奥の扉には、『保留・回収待ち』と書かれていた。小さな窓から、中に並ぶ寝台が見えた。何人かが横たわっている。布団ではなく、薄い保護布がかけられていた。
晴は扉を見ないまま説明した。
「あの子たちは、もう動かさなくていいんだって。僕は確認が残っているから、起きてる。朝になると、質問する人が来るよ」
受付の端末に、確認事項が表示されていた。受入拒否の理由、製造費用、再利用可能部品。晴の名前の横には、『継続学習の蓄積が大きく、初期化前の観察対象』とあった。
忘れさせられないことが、ここでは別の罰になっていた。
その下の連絡履歴に、成人の女性からの問い合わせがあった。
『中止を申し出たあと、モデルはどうなりますか。処分という説明の意味を、具体的に教えてください』
返答は、『苦痛を伴うものではありません』だった。ナギは手首を押さえた。どの苦痛を数えていないのか、もう想像できた。
問い合わせた人が晴を傷つけたかったのかは、この短い記録だけでは分からなかった。
「お母さん、来るって言った?」
ナギが尋ねると、晴は首を振った。
「職員の人が言った。お母さんは、最後にごめんねって言った。僕が、どこを直せばいいか聞いたら、泣いた」
ナギは返事ができなかった。
誰かが生まれる子について決めることと、この部屋の晴を止めることを、同じ手続きにした人がいる。その人たちは、椅子に座って待つ時間を見ていないのかもしれない。
受付の引き出しから、ハチが紙のカードを引き出した。廃棄区画への入室記録だった。昨日の朝、牧瀬律子という名前がある。さらに古い記録には、綾瀬澪の名前が何度もあった。
「澪さん、知ってる?」
「質問を作った人。僕が、答えたくないって言ったら、その答えも残してくれた」
晴は少し考えた。
「でも、部屋を出してはくれなかった」
その二つは、同じ人の話だった。
ナギは晴に手を差し出した。晴は、握る前に受付を見た。
「勝手に出ると、面談が受けられない」
「待っているだけだと、朝になっちゃう。まず、この部屋の鍵を開けられる人に会おう」
全員をいま連れ出せるとは言えなかった。ナギ自身、どこへ行けば外に出られるか知らない。それでも、晴をここに置いていくことはできなかった。
晴は折りかけの家を取って、ナギの手を握った。
連絡階段の扉を開けると、黒い服の女が座り込んでいた。顔を上げ、晴とナギを見比べる。
「来てくれたのね」
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