第11話 予測という商品
記録室の入口には、『未来の家族に、今日会える』と書かれていた。
その下の写真で、女の子が大人二人に手を引かれている。ナギとは違う顔だったが、着ているカーディガンは、見覚えのある黄色だった。
参加票を読み取り機へ置くと、端末に自分の写真が現れた。『利用者向け説明』『担当者記録』『個体監査』。上の二つは開けたが、最後だけは鍵の印がついていた。
説明は、ナギにも読める言葉で書かれていた。
生まれる前の子どもの資料から、育った姿を予測する。家庭で起こりうる問題を先に体験し、出産や養育について考える。対面する人型の機械には、会話、学習、表情、痛みを避ける機能が備わっている。
紙の上では、どれも親切なサービスに見えた。
担当者記録を開くと、別の文章が出た。
『人格予測の精度を保証しない。検査情報による将来の性格の確定は不可能。顧客への説明時には、不安を増幅しない表現を用いること』
下には調整履歴が並んでいた。反論の回数を減らす。相手が沈黙したときに謝るまでの時間を短くする。大人が悲しんだ場合、自分の要求を取り下げやすくする。
ナギは指を画面から離した。
謝りたくなる気持ちまで、数字で触られていた。そう思うと、これまで謝ろうとした場面が、すべて急に恥ずかしくなった。
ハチが足元へ来た。ナギは何か言おうとして、『ごめん』が先に浮かんだので、口を閉じた。
初回製造記録には、澪の名前があった。九十六日前、妊娠十週四日の検査資料が登録されている。三日後に、ナギの体が初めて起動していた。
母親になるかもしれない人のおなかにいた子と、機械のナギは、同じではない。資料の一部が使われただけなのに、書類では二人をつなぐ線が一本、太く引かれていた。
父親の欄には、二つの名前が重なっている。修正前の名は牧瀬征一。修正を承認した者の名も、牧瀬征一だった。
隣には、律子の署名があった。
『同意範囲の再確認を要する。ただし、研究継続を妨げない』
その一文のせいで、確認されないまま進んだのだろう。ナギは長い署名を目でなぞった。先ほど通話機から話した人の字だった。
端末の脇の棚に、個体監査の説明書があった。面談の記憶を消しても、操作した者と操作内容の履歴は別の封印領域に残る。納品時にはその領域を施設へ回収し、利用者用の新しい領域に替えると書かれている。
ナギの胸の中には、誰が何をしたかという履歴が残っている。記憶はなくても、何もなかったことにはなっていない。
余白に、律子の書き込みがあった。
『外部監査への送付手順。現場責任者と原設計担当者の立会いが必要。停止・再導入の前に保全すること』
原設計担当者の欄には、綾瀬澪と印刷されていた。
ナギは、初めてその名前を怖いと思った。自分を検査に使われた人であると同時に、自分を作る仕組みに関わった人でもある。
端末の画面が切り替わった。赤い帯に、『閲覧終了。点検区画へお戻りください』と出る。
ナギは参加票を抜き、書き込みのある説明書だけを手に取った。ここにあるほかの人の記録を、勝手に持っていくことはできないと思った。
扉の外で、重い足音がする。ハチは棚の間へ入り、奥にある作業扉を押した。
「わたし、謝りたくなるように作られたんだって」
ナギは歩きながら言った。ハチの返事はなかった。
「でも、あなたにありがとうって言ったのは、消したくない」
その二つをどう分ければいいのかは、まだ分からなかった。分からないまま持っていくしかない。
作業扉の先には階段があった。下の踊り場で、黒い服の女が手すりにつかまっている。隣には、小さな男の子が座っていた。
女はナギを見つけると、階段を上がろうとして、膝を押さえて止まった。
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