第10話 捨てられないもの
搬送通路には、窓も飾りもなかった。壁の向こうで水が流れ、天井を太い管が横切っている。ナギは手首をかばいながら、八号の車輪を追った。
機械だと分かったあとでも、暗いところは怖かった。足を取られないように歩くと、先へ行きすぎた八号が止まる。そのたびに、待ってくれているのか、ただ障害物を調べているのかと考えた。
どちらでも、待っているあいだに追いつけることは同じだった。
分かれ道の先に、清掃用具を収めた小さな部屋があった。八号は扉に体を当てて開き、充電台へ乗った。前面の表示に『夜間稼働限度超過』と出る。
「もう動けないの?」
八号は細い腕で、横の引き出しを指した。ナギが開けると、透明な袋がぎっしり入っていた。切れた髪留め、半分に割れたクレヨン、誰かの名札。どの袋にも、返却を待っている人の番号がついている。
一番手前は、NG-04だった。
中には青いボタンと、折りたたまれた紙が入っていた。
『これを読むわたしへ。
わたしは消されるのがいやです。
もし忘れたら、いやだったことだけは知っていてください。
母親が消してと言いました。でも、全部は聞いていません。』
字は途中から乱れていた。最後に、『八号、これを捨てないで』と書いてある。
ナギは紙を膝に置き、しばらく動かなかった。昨日の自分が何を考え、何を間違えたのか、全部は分からない。それでも、忘れたあとの自分に判断を渡そうとしたことは分かった。
守らなければいけない命令ではなく、届かなかった説明だった。
「持っててくれたんだね」
八号の表示は『充電中』のままだった。ナギはその上の平らなところへ手を置いた。少し温かく、モーターの振動が伝わってきた。
壁の通話機が鳴った。
「そこにいるのは、ナギさん?」
女の声だった。ユノの声ではない。ナギは紙を握り、通話機から離れた。
「私は牧瀬律子。ここの研究主任です。八号の充電台から、扉が開いた記録が来たの」
「わたしを、部屋へ戻す人?」
「昨日までは、そういう指示に署名していた人です」
意外な答えだった。安心させようとしないことが、かえって不気味だった。
「いまは、外へ連れていきたい。六時になると、あなたの登録が確定する。そのあとでは、私の権限で止められなくなる」
「何の登録?」
「商品として、誰の物になるかを決める登録です。ここでは、それを出生と呼んでいる」
ナギは手首の帯を見た。保留と書かれた一行が、前とは違って見えた。
澪の子になるかを決める話だと思っていた。それが、誰かの持ち物になる話でもある。
「あなたが、電気を消したの?」
「設備事故の警報を出して、一般職員を退避させた。人目を減らせば運び出せると思った。でも施設長が東棟を封鎖した。ごめんなさい。あなたを危険にさらした」
律子の声の奥で、扉をたたく音がした。
「西棟の連絡階段で待ちます。綾瀬澪さんも施設にいる。あなたを元にした妊娠の記録を、取り戻しに来ているの」
「会ったら、わたしを消す?」
「私から、絶対に消さないとは言えない。だから、会う前に調べたいなら、調べて。あなたの参加票で、閲覧用の端末は開く」
律子は二つの道を教えた。記録室を通る上の通路と、保留されたモデルのいる下の通路。どちらも、連絡階段へつながっている。
通信が切れたあと、充電の終わっていない八号が台から降りた。表示は『返却先確認』に変わっていた。
ナギは袋の中の青いボタンを取り、自分のポケットへ入れた。金属の輪と当たって、小さく鳴った。
「一緒に行くなら、ハチって呼んでいい?」
返事はなかった。八号は通路へ出て、またナギが追いつくのを待った。
【選択】
・記録室で、研究所と自分の製造記録を調べる。→第11話へ移動
・下の通路へ進み、保留された子どもたちを探す。→第12話へ移動




