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第三章 線画の防衛線

 外務省の地下駐車場に滑り込んできた黒塗りの公用車に、私は八層のスカートを押し込むようにして飛び乗った。車内にはすでに、先ほどの青龍刀を持った部下が待機している。「現在の状況は!」「はい、首席! 画面をご覧ください」 部下が操作する端末の画面には、二つの緊迫したタイムラインが並行して表示されていた。左側の画面は、デジタル庁のサイバー呪術班による防衛ログ。メガ・クオーツ・バレーから送り込まれた無数のハッキング・パケットが、京都の『スタジオ・レイヤーズ』の基幹サーバーの防御壁を猛烈な勢いで削っている。画面上で、国家機密指定アニメ『超時空神話』の原画データが、一パーセント、また一パーセントとレイヤー分離状態のまま外部へ吸い出されつつあった。背景レイヤー、彩色レイヤーが次々と剥がされ、ついに核である主線の動画レイヤーにまで攻撃の手が伸びている。



 「デジタル庁の呪術班が作画監督のサイン暗号で必死に応戦していますが、相手の演算速度が速すぎます。このままではあと三分で、我が国の魂とも言える線の揺らぎのアルゴリズムが完全に電子渓谷側に複製されます!」「……ならば、こちら側からノイズを混ぜろ」 私は静かに命じた。「ノイズ、ですか?」「かつて昭和の時代、先人たちがセル画に命を吹き込んでいた頃の、意図せぬチリやセル傷、そして手ぶれのデータを、防衛ラインの主線データにダミーとして一兆個混ぜ込むんだ。最先端の自動模倣AIであればあるほど、その非論理的な人間のノイズを計算しきれず、自己ループを起こして処理速度が確実に低下する」私は、魔法の杖を天高くつき上げた。「なるほど、伝統工芸的なバグによる足止めですね! すぐに呪術班へ伝達します!」部下が狂ったように指を動かす。左側の画面で、データ流出のプログレスバーが九十一パーセントのところでピタリと凍りついた。「よし。問題は右側だ」右側の画面には、成田の住宅街を捉えた衛星画像が映し出されていた。スタジオ・レイヤーズのチーフ作画監督、木下氏の私邸。その周囲を、光学迷彩を施した漆黒の大型車両が包囲しつつある。「特殊工作員の一団が、すでに敷地内へ侵入しました。……あ、機動レイヤー部隊が到着します!」画面の隅から、地響きを立てて現れたのは、我が国の誇る重装甲の戦闘メカ混成部隊の正装をまとった五人の精鋭だった。全高二メートルを超える超合金のバルキリー型アーマーが、漆黒の車両の前に立ちふさがる。「警告する」機動部隊の隊長が、内蔵スピーカーから重低音の警告を発した。「これより先は、我が国の知的財産特別保護区域である。許可なき立ち入り、および人間資産への接触は、アニメ貿易国に対する軍事侵略とみなす。……直ちに、作画の現場から撤退せよ」



 次の瞬間、漆黒の車両のドアが開き、中からアメリカ大使館付きの特殊工作員たちが姿を現した。彼らが身に付けていたのは、光学迷彩だけではない。電子渓谷の最新技術で作られた超電磁パワードスーツ。超大国が本気で日本の右腕を引き抜きにきた、その覚悟の証明だった。成田の閑静な住宅街の夜空に、重装甲の火花が散る。「首席、間に合いません! 木下監督の部屋の窓が破られました!」部下が悲鳴のような声を上げる。私は公用車のシートを深く蹴り、チタン製の魔法のステッキを握り直した。「車を回せ、私が直接現場へ降りる。……暗黒卿に、国家公務員の意地を見せてやる」私のトレードマークである胸のリボンが右に十度傾いていたことに私はまだ気が付いていなかった。


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