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第一章 日米覇権交渉

 対米交渉用の第一極秘会談室。チーク材の重厚な円卓を挟み、私は彼と対峙していた。アメリカ特命全権大使、チャールズ・ベーカー。五十代半ばの屈強な男だ。今日の彼の正装は、世界的大ヒットを記録したスペースオペラ映画の悪役、暗黒卿のそれだった。漆黒のヘルメットから、人工的に変調された重低音の吐息が漏れる。「……フシュー。ようこそ、首席交渉官。今日のコスチュームも実に再現度が高い。だが、我々はコスプレのコンテストをしにここへ来たわけではないのだよ」暗黒卿のクロークを尊大に翻し、チャールズ大使は卓上にホログラムの端末を叩きつけた。起動した画面には、日本が誇るアニメスタジオのロゴと、一人の天才作画監督の顔写真、それから一枚の契約書が浮かび上がる。「我が国の最大手配信プラットフォーム、オムニ・ストリームは、そちらのスタジオが現在制作中の新作SFアニメの全世界独占割当権、および当該作画監督の終身移籍を要求する。……拒否すれば、来月から日本製の半導体および精密機械に対する関税を、一律で三十パーセント引き上げる用意がある」暗黒卿の背後に控える二人のSPは、星条旗のバッジを胸に付けた宇宙の機動歩兵のアーマーを着込んでいる。超大国の軍事力と経済力を背景にした、剥き出しの脅迫だった。



 私は形状記憶チタン製の魔法のステッキを円卓にそっと置き、クッと眼鏡のブリッジを押し上げた。「大使。その要求は、我が国の知的財産権の根幹、ひいては国家安全保障を脅かすものです。呑むわけにはまいりません」「フシュー……。交渉の余地はないと言ったはずだ。我が国は軍事力を持たない君たちを、いつでも経済的に干上がらせることができるのだからな」チャールズ大使のヘルメットの奥で、傲慢な笑みが揺れるのが見えた。だが、私のブーツのリボンは、今は一ミリの狂いもなく水平を保っている。論理のフレームレートは、すでに秒間百二十コマまで加速していた。「なるほど。では、こちら側のカードをご提示しましょう」私はステッキの起動スイッチを押した。円卓の中央に、現在世界中で爆発的な視聴数を叩き出しているファンタジーアニメの、最新のチャートが投影される。「現在、御国で配信中の覇権アニメ、エルドラドの境界。これは我が国のスタジオが社運を賭けて制作している分割二クールの作品です。……および今週金曜日に放送予定の、第五話」

「それがどうした? 我が国の市民も、ホワイトハウスの閣僚たちも、その第五話を心待ちにしているがね」「その第五話以降の撮影処理データの輸出を、我が国は今この瞬間から全面停止します」暗黒卿の呼吸音が、一瞬、止まった。



 「……何だと?」「ただの供給停止ではありません。我が国は『万策尽きた』の公式声明と共に、金曜日の放送枠を『第一話から第四話までの総集編・特別編』に差し替えます。もちろん、作画崩壊を防ぐための苦渋の決断、という体裁でね」私は淡々と、しかし冷徹に言葉を紡ぐ。「御国の『オムニ・ストリーム』の全トラフィックの四十七パーセントは、この作品が占めています。もし金曜日に総集編が流されれば、失望したユーザーの解約ラッシュにより、御国のプラットフォームの株価は週明けに四十パーセント暴落するでしょう。さらに、主要プロバイダーの回線負荷の計算予測から、怒れるファンダムによるサーバーへの大規模なサイバーテロが発生し、メガ・クオーツ・バレーの通信インフラが一部麻痺する。……秋の大統領選を控えた現政権にとって、この支持率の崩壊は耐え難い打撃のはずですが?」会談室の空気が、凍りつく。暗黒卿のヘルメットの人工呼吸音が、今度は激しく、乱暴に鳴り響いた。「フシュー、フシュー……! 脅迫のつもりか! そんなことをすれば、君たちのスタジオも莫大な違約金を背負うことになるぞ!」「違約金ですか? それは国家補償の範囲内です。我が国には、全国民から徴収したアニメ税という潤沢な防衛基金がありますので」



 私はピンクのフリルが揺れる袖を優雅に整え、真っ直ぐに暗黒卿のバイザーを見据えた。「五話以降が観たければ、御国の関税引き上げ案の撤回、および我が国の作画監督に対する不当な引き抜き工作の中止をお勧めします。……さあ、分割二クールの決定権を持つのは、どちらでしょうか」


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