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序章 覚醒した国

 「本日午前十時、外務省は定例会見にて、米国政府に対し今期覇権アニメ五話以降の輸出停止を辞さない構えであると強い態度を示しました。これに対しホワイトハウスは臨時の国家安全保障会議を招集」壁面の大型モニターから流れるニュースの音声を背中で受け止めながら、私は鏡の前で最後の調整を行っていた。シルクハットの位置、よし。純白のマントのドレープ、よし。 そして、三十二歳独身男性の弛みかけた脇腹を、これでもかと締め付けるピンクの魔法少女衣装のフィッティングは完璧だった。



「……ふぅ」



 眼鏡の位置を直し、深く息を吐き出す。外務省・アニメ外交総局の首席交渉官である私の正装だ。この国において、アニメはもはや単なるサブスクリプションのコンテンツではない。核兵器を持たない日本が、肥大化する超大国を相手に互角に渡り合うための、唯一にして絶対の戦略物資なのである。全人類の脳内報酬系をハッキングする一秒間二十四フレームの超高精度作画と倍音調律された声優ボイス。その供給を絶たれることは、諸外国にとってインフラの崩壊、ひいては内乱の勃発を意味する。だからこそ、国境の検問所では今日も凄惨な戦いが繰り広げられていた。パドルランプが明滅し、デスクの通信機が鳴る。



 「首席、アニメ税関から緊急入電です。成田の第一チェックポイントにて、中国人男性が逮捕されました。……容疑は、胃袋に限定版の魔王アクリルスタンドを三十個詰め込んでの不正密輸。同様の事件は今月だけで五件目になります」「またか。彼らにとって、我が国のグッズはアヘン以上の価値を持つからな。だが、そちらの処理は関税局に任せてくれ」私はマントを翻し、重厚なマホガニーの扉へと歩を進める。今から向かうのは、アメリカ特命全権大使との極秘貿易交渉だ。相手が突きつけてきているのは、次世代配信プラットフォームにおける日本アニメの独占割当権、および作画監督の強制移籍。実質的な技術収奪である。廊下に出ると、すれ違う新入職員たちが一斉に直立不動の敬礼を送ってきた。彼らは皆、戦闘員やモブ兵士の薄いコスプレ衣装に身を包んでいる。この省内において、レイヤーとしてのキャラの格式と衣装のクオリティは、そのまま官僚としての階級そのものだ。



「よし」



 私は魔法のステッキ:形状記憶チタン製・暗号通信機能付きを握り直した。五話以降の放送を万策尽きたの一言で総集編に差し替えれば、米国のサブスク市場の株価は四十パーセント暴落し、秋の大統領選の支持率は崩壊する。世界を揺るがす分割二クールの決定権をカードに、魔法少女の衣装をまとった三十二歳の国家公務員の命懸けの国益交渉が、今幕を開ける。私は、部下の持つ青龍刀に反射した自分の足元に違和感を覚えた。「おっとブーツのリボンが三度傾いている。これでは相手に失礼だな」クッとリボンを水平に直し再び大理石の廊下を歩いて行った。


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