鍵
目が醒めると、ザヴィーネの蔓が私の体をグルグルに縛っていた。
「うっ……苦しいって……」
「起きたのね。」
「祭主ダイジョブ!?何であんなことしたの!?」
セレスが半泣きみたいな顔で飛びついてきた。だが飛びつこうとして、蔓に阻まれて顔面から弾かれる。
「いたっ!?」
「近づくな。まだ安全と決まったわけじゃない」 ザヴィーネが冷たく言う。
「いやだから苦しいって……」
「死んではないでしょ」
「基準が雑すぎる……」
頭がまだ痛かった。 ぼんやりする視界の向こうで、フィレンが静かに話しかける。
「……気分はどうですか?」
「最悪。頭の中で鐘鳴ってるみたい」
「鐘で済んでるなら軽症ですね」
「えっ、もっと酷いパターンあるの?」
「あります」
いつも通り即答だった。
聞かなきゃよかった。
私は周囲を見回す。
地下の封印庫。 薄暗い蝋燭の光。 鎖の音。 そして少し離れた場所で、フェイダが腕を組んだままこちらを見ていた。
紫水晶みたいな瞳が細められている。
「……私、どれくらい気絶してたの?」
「十分ほどじゃ」
フェイダが答える。
「じゃが、その十分で色々起きた」
「色々?」
嫌な予感しかしない。
ザヴィーネの蔓が、ぐっと少し強く締まった。
「ちょっ、痛い!」
「動くから」
「だからって締めないで!?」
セレスがこちらへ身を乗り出す。
「祭主、急に水晶触ったあと倒れたんだよ!? しかもそのあと――」
セレスの顔が青くなる。
「急に起き上がって、私のこと殴ろうとしてきたの!」
「……は?」
思考が止まった。
「え、私が?」
「そうだよ!?」
セレスが涙目でぶんぶん頷く。
「しかもすっごい怖い顔してたんだから! 目が全然合ってないのに、こっちだけ見てる感じで……!」
「なにそれ……」
「聞きたいのはこっちよ!」
フィレンが静かに補足する。
「正確には、殴るというより“排除”しようとしていましたね」
「もっと怖い言い方やめて」
「事実ですので」
フェイダが低く息を吐いた。
「おぬし、倒れたあと突然立ち上がったのじゃ。呼びかけにも反応せず、ふらふら歩き始めてな」
「……全然覚えてない」
「そのあとセレスを見た瞬間、一直線に突っ込んでいった」
「なんでセレス!?」
「知らないわよ!」
セレスが涙目で叫ぶ。
「私だって普通に心配して近づいただけなのに! いきなり肩掴まれて、“鍵を返せ”って!」
その言葉に、心臓が止まりそうになる。
「……鍵?」
頭の奥がずきりと痛んだ。
白い空間。 黒い門。 シルフェンの声。
――“鍵を返せ”。
フェイダの表情が険しくなる。
「その言葉を、何度も繰り返しておった」
「……」
「……で今この状態なのは?」
ザヴィーネの蔓をこれ見よがしに触る。
「女王様にまで危害を与えないように離しただけよ。」
「もういいでしょ!?そろそろ離して……背中が痛いよ。」
「仕方ないわね。」
その瞬間、蔓がシュルシュルとザヴィーネの腕に戻った。
解放された瞬間、私はその場にへたり込んだ。
「うぅ……体ばきばき……」
「自業自得」
「冷たくない?」
「実際そうだし」
ザヴィーネは興味なさそうに腕を組む。 左腕に戻った蔓が、まるで生き物みたいにうねっていた。
セレスが恐る恐る近づいてくる。
「……ほんとに大丈夫?」
「たぶん」
「その“たぶん”やめてよぉ……」
今にも泣きそうだった。
私は少し申し訳なくなる。
「ごめん。怖かったよね」
「うっ」
セレスが言葉に詰まる。
「そ、そういう素直な感じ出されると怒りにくいんだけど……!」
「でも殴ろうとしたのは事実です」
フィレンが淡々と刺してくる。
「フォローを台無しにしないで」
「事実確認は重要ですので」
フェイダが水晶へ視線を向けたまま口を開く。
「……問題は、おぬしが何を見たかじゃ」
空気が少し変わる。
私は息を呑んだ。
「見た、って……」
「気絶している間、おぬしは何度も“鍵”と言っておった」
白い空間が脳裏をよぎる。
あの空間で交わした言葉。
『またいつか会いましょう……ノア』
あれは夢じゃない。
そんな気がした。
「……シルフェンに会った」
全員の視線が集まる。
「どこで?」
「分からない。白い場所だった。夢みたいな……でも、変に現実っぽくて」
フィレンの目が細くなる。
「精神接続空間、ですか」
「知ってるの?」
「理論だけなら。実在したんですね」
「そんな感心した顔で言わないでほしい」
フェイダが静かに続きを促す。
「それで?」
「シルフェンも“門”を見たって言ってた。黒い門。空を裂くみたいなやつ」
ザヴィーネの蔓がぴくりと動く。
「それと、“鍵を返せ”って声が聞こえるって」
沈黙が落ちた。
地下の封印庫はもともと静かな場所だったけれど、今の沈黙はそれとは違う。 誰も、軽口を言えなかった。
「……やはり、か」
最初に口を開いたのはフェイダだった。 彼女はゆっくりと水晶へ近づき、その銀色の表面を睨みつける。
「女王様?」
「シルフェンも同じことを言っておった。“鍵を返せ”とな」
セレスが不安そうに周囲を見回した。
「ねぇ……その“鍵”って、なんなの?」
「分からぬ」
フェイダは即答した。
「じゃが、問題はそこではない。“誰が”そう言っているかじゃ」
空気が冷える。
私は無意識に腕を抱いた。 頭の奥で、またあの耳鳴りがした気がする。
「……門の向こう側、ってこと?」
フィレンが静かに問う。
「おそらくな」
フェイダは低く頷いた。
「古代魔術には、“境界”に関する記録がいくつか存在する。世界と世界の狭間。現実の外側。あるいは――」
「多次元空間。祭主、そなたのもといた空間、世界だ。」
フェイダの言葉に、空気が止まった。
「……え?」
最初に声を漏らしたのは、私自身だった。
頭の中で何かが引っかかる。 けれど、うまく掴めない。
「私の……元いた世界?」
「可能性の話じゃ」
フェイダは静かに続ける。
「古代魔術では、世界は一つではないとされておる。幾重にも重なり、隔てられ、それぞれが“境界”によって分断されている」
「そんなの、ただのおとぎ話じゃ……」
「昔は、な」
フェイダの紫水晶みたいな瞳が、水晶へ向けられる。
「じゃが、星見の水晶は“境界の外”を観測するために作られた可能性がある」
「観測……」
「異世界。別時間軸。あるいは、世界そのものの裏側」
「待って待って待って」
セレスが両手をぶんぶん振った。
「情報量が急に重い! 処理できない!」
「私もです」
「フィレンまで!?」
珍しくフィレンも眉を寄せていた。
「理論上は存在していましたが……実証された記録はありません。もし本当に別世界と接触しているなら、それは古代文明級の案件です」
「つまりヤバいってこと?」
「かなり」
「最近その単語しか聞いてない気がする……」
私は、胸の奥がざわつくのを感じていた。
別世界。
元いた場所。
その言葉に、妙な感覚がある。
懐かしいような。 怖いような。
「……じゃあ私は、その“別世界”から来たってこと?」
「恐らくな。」
「ただ、おぬしとシルフェンだけが水晶に適合した。シルフェンと精神接続を行った。そして“鍵”という言葉に反応した」
彼女の声が低くなる。
「偶然にしては、出来すぎておる」
地下の空気が、やけに冷たかった。
その時。
――カラン。
小さな音が響いた。
「……?」
ザヴィーネが数歩前へ出る。
「おい、出てこい!」
影のようなものが逃げようとする。ザヴィーネはご自慢の蔓で影を叩く。すると、そこの床がボコボコになった。やっぱり彼女の力は怖い。
影から少女?が這い出てきた。
「ひぃぃ!!謝るから命だけは……!!」
現れたのは、小柄な少女だった。
ぼろぼろの黒いローブを羽織り、頭にはやけに大きな三角帽子。ピンク色の髪は跳ね放題で、顔には煤みたいな汚れまでついている。
どう見ても怪しかった。
「……誰?」
私が聞くと、少女はびくっと肩を跳ねさせた。
「だ、誰っていうかその……通りすがりの一般魔女というか……」
「封印庫に通りすがる一般人はいません」
フィレンが真顔で切り捨てる。
「というか魔女なら額に角があるはずじゃが?」
「こいつには……ないですね。」
「あ゙あ゙ぁ!もう!言えばいいんだろ!あたいはレミィ!」
「?」
「ザヴィーネ、知っておるか?」
「いや、知りません。」
「あんた何者なの?」
「それは言えない!ボスに、言ったらどうなるか分かるかって脅されてるんだよ!」
「“ボス”?」
フェイダの声が低くなる。
レミィはしまった、という顔をした。
「あっ」
「ほう。つまり背後に誰かおるのじゃな?」
「ち、違っ……いや違わないけど違うの!」
「どっちですか……」
フィレンはあきれたように聞く。
レミィは私たちを選別するように見る。すると私を見てハッとした顔をした。
「あんた、もしかしてノア?」
「……そうだけど?」
「ラッキー!」
するとレミィの腕が変形しハサミのような形になった。よく見ると影で出来ていた。
しかし、あっという間に私はレミィに捕まっていた。
すさまじい力で引っ張られ、抵抗できないまま人質?となった。
「この子は貰っていくわね!」
「祭主!」
セレスがこちらに走ってくる。
「おい!次動いたら分かってるな?」
「ひぇ……怖ッ」
「それで良いんだよ!」
「これでやっとあたいも昇進できる!」
レミィが逃げようとしたとき、階段上からなにかが降ってくる。その手に握られていた巨大な斧の柄が、レミィの頭に見事なまでに直撃していた。
「ぎゃああああああっ!?
「女王様方、大丈夫ですか?!」
「メルヴィルか!」
フェイダがにやりと微笑む。
レミィは悲鳴を上げながら床を何回も転がる。
私を拘束していた影の腕も解けた。
「祭主!」
セレスが駆け寄り、今度こそ私に飛びつく。
「大丈夫!? 怪我してない!?」
「う、うん」
「よかった……」
その間にザヴィーネが動いた。
床を這う蔓が蛇のように伸びる。
「捕獲。」
「ぎゃっ!?」
レミィの両足に蔓が巻き付き、そのまま逆さ吊りにされる。
「離せぇぇぇ!!」
「嫌。」
容赦がない。
「メルヴィル、ご苦労。」
フェイダが静かに言う。
「滅相もないです。それよりこの子供です。」
「……え?子供!?あたいは子供じゃなぁぁい!」
メルヴィルはレミィを睨みつけた。
「最近、城の周辺で見かけていたやつです。」
「知っておったのか?」
「明らかに怪しかったですから。」
「もっと早く言わんか。」
「申し訳ありません……」
レミィは逆さ吊りのまま必死に暴れる。
「放せ放せ放せー!!」
「うるさい。」
ザヴィーネの蔓が口まで塞ごうとした。
「待った!」
私が慌てて止める。
「死ぬから!」
「死なない。」
「……たぶん死ぬ!」
セレスが呆れていた。
◇
数分後。
レミィは椅子に縛り付けられていた。
今度は普通に縄で。
ザヴィーネが少し不満そうだった。
「さて。」
フェイダが玉座のように置かれた石台へ腰掛ける。
「話してもらおうか。」
レミィはぷいっと顔を逸らした。
「言わない。」
「そうか。」
フェイダは微笑んだ。
その笑顔が怖かった。
めちゃくちゃ怖かった。
「ザヴィーネ。」
「了解。」
「待って待って待って待って!!」
レミィが即座に降伏する。
「早い。」
思わず声が出た。
「だってそいつ怖いもん!!」
「正しい判断ですね。」
フィレンが頷く。
ザヴィーネ本人は少し嬉しそうだった。
なんでだ。
「じゃあ話す!」
レミィは観念したように肩を落とす。
「でも全部は知らないんだよ?」
「知ってる範囲でよい。」
フェイダが促す。
レミィは少し迷ってから言った。
「ボスがね。」
「うむ。」
「ノアを連れてこいって。」
空気が止まった。
全員の視線が私に集まる。
「……私?」
「うん。」
「なんで?」
「あたいは知らない。」
「なんで知らないのよ!」
セレスが突っ込む。
レミィは涙目だった。
「だって末端には知らされないもん!」
どうやら嘘ではなさそうだった。
「そのボスは誰じゃ。」
フェイダが聞く。
レミィは首を振る。
「顔は見たことない。」
「声だけ?」
「うん。」
「何なら分かるのじゃ。」
「怖い人。」
「役に立たん。」
レミィが泣きそうになる。
少し可哀想だった。
少しだけ。
「でも!」
レミィが慌てて続ける。
「一つだけ聞いた!」
「何じゃ。」
「計画にノアっていう人間が必要ってことは知ってる。」
レミィのその一言で、場の空気がさらに重くなった。
「……計画?」
私が聞き返すと、レミィはこくこくと何度も頷いた。
「うん。詳しくは知らないけど。“鍵を開くために必要だ”って」
その瞬間。
フェイダとフィレンの表情が同時に変わった。
「鍵を……開く?」
「それって言っていいやつなの?」
「だめだよ?でも言わなかったらあんたたちになにされるか分からないしね。」
「別に拷問なんてせんぞ?」
フェイダが言う。
「その顔で言われても信用できないんだけど!」
レミィが涙目で叫んだ。
一瞬だけいつもの空気が戻る。
だが。
フェイダはすぐ真顔になった。
「レミィ。そのボスは、“鍵を開く”と言ったのじゃな?」
「うん。」
「“門を開く”ではなく?」
「たぶん鍵だったと思う。」
「たぶん?」
「だって怖くて半分くらい話聞いてなかったし……」
「末端らしい回答ですね。」
「……とりあえず聞きたいことがやまほどあるので、この方はルミナリア王国につれていきます。」
「なぜじゃ!何をするか分からんやつじゃぞ!」
「大丈夫です。何もできないよう軟禁しておくので。」
フィレンがさらりと言った。
レミィの顔色が一瞬で青くなる。
「え?」
「正式な取り調べを行います。」
「身元確認、魔術適性検査、記憶照合、影魔術の解析――」
「待って待って待って。」
レミィが椅子ごと後ずさろうとする。
レミィは縄でぐるぐる巻きのまま必死に暴れている。
「いやだー! 牢屋いやだー! 暗いところ嫌いなんだよー!」
「影の魔法使うくせに?」
私が言う。
「影は好きだけど暗闇は怖いの!」
「面倒くさいやつじゃな」
フェイダが呆れたように呟いた。
「じゃあこいつはセレス達に任せよう。」
「わかりました。では行きましょうか。」
「……少し待ってくれ、祭主。話したいことがあるのだが少し時間を貰えぬか?」
「……わかった。」
◇
それから私たちはフロレシアの王宮に戻り、再び謁見の間に訪れた。
私が入ると、彼女は静かに振り返る。少し空気がピリピリした気がする。
「すまぬな。少し二人で話したかったのじゃ」
「……何か分かったの?」
「分かったことより、確信したことがある」
私は黙って続きを待つ。
フェイダはゆっくり言った。
「おぬしは偶然ここへ来たのではない」
「……」
「そしてシルフェンも偶然水晶へ触れたのではない」
嫌な予感がした。
「誰かが動いておる」
「レミィのボス?」
「おそらくな」
フェイダは玉座へ腰を下ろした。
「問題は目的じゃ」
「門を開くため?」
「違う」
彼女は首を振る。
「門なら既に開きかけておる」
背筋が冷える。
「じゃあ何のために?」
フェイダは少しだけ考えたあと、
静かに言った。
「恐らくじゃが、この世界に混沌をもたらそうとしておるのではないだろうか?」
「混沌?」
「少し長くなる。頑張ってついてきておくれ。」
「まず、"祭主がいたもとの世界"と|"この世界"《ルミナリア》の間にはお主が言っておったように、"門"がある。この門は特定の条件が揃わないと開かないようになっている。その条件はまだ分からぬがな。」
「しかし、その門を普通と違う方法でこじ開けようとすると、バグが起き、祭主がいた世界とルミナリアが無理矢理繋がれ時空・次元の縺れがおき、やがて崩壊する。」
「崩壊!?」
「これは完全に予想なんじゃがな。良く言うなら女王の勘ってやつじゃの」
「セレスと同じこと言ってる。」
「姉妹じゃから当然じゃ。」




