8...?八...?捌...?
私は時々考える。私は何者なのか?
そんなことを考えるようになったのは、この世界に来てからだ。自分が何者かなんて、そんな大層なことを考える必要もなかった。
けれど。
この世界に来てからは違う。
祭主と呼ばれ。
異世界人と呼ばれ。
誰かの希望だと言われ。
誰かの計画に必要だと言われた。
私は一体何なのだろう。私にそこまで価値があるのか?セレスたちのように魔法や魔術は使えないし、フィレンのようにカリスマとかもない。
……突然、考えることに嫌気が刺した。ふと上を向くと青空が広がっていた。元いた世界のことはあまり覚えてないが、多分ここみたいに綺麗な空が広がっていたんだろう。
――ここ最近、たまに夢を見る。それも悪夢だ。
燃えた街、逃げ惑う民、ひび割れた空。
大抵、起きたら悪寒と吐き気に襲われる。もしかしたらあの惨状も現実になるのかもしれない。妙にリアルなのだ。
炎の熱さも。
崩れ落ちる建物の音も。
泣き叫ぶ人々の声も。
夢だと分かっているはずなのに、あまりにも鮮明だった。
まるで最初から、その結末を知っているみたいに。
「……嫌な夢だな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
風が頬を撫でた。
王宮の庭園からは鳥のさえずりが聞こえる。
平和そのものだ。
夢の光景とはあまりにもかけ離れている。
だからこそ、余計に怖かった。
もしあれがただの夢ではなかったら。
もし未来の光景だったら。
もし――。
そこまで考えて、私は頭を振った。
「考えても仕方ないか」
結局のところ、今の私には何も分からない。
黒い門も。
鍵も。
レミィの言っていた計画も。
全部、謎のままだ。
分からないことを延々考えていても答えは出ない。
それに。
私は昔からそうだった。
難しいことを考えるのは苦手だ。
考えれば考えるほど迷路に入り込む。
だったら今できることをやるしかない。
……たぶん。
自分らしい方法で。
その時だった。
コンコン、と扉が叩かれる音がした。
「祭主。起きていますか?」
聞き慣れた声。
フィレンだった。
「起きてるよ」
「失礼します」
扉が開く。
相変わらず隙のない服装。
朝だというのに髪一本乱れていない。
どういう生活をしているんだろう、この人。
フィレンは私の顔を見るなり少し眉を寄せた。
「顔色が悪いですね」
「そう?」
「はい」
フィレンの表情が僅かに曇る。
だがすぐにいつもの無表情へ戻った。
「教主」
「なに?」
「一人で抱え込まないでください」
少し意外だった。
フィレンはもっと合理的なことを言うと思っていたから。
「不安や恐怖は蓄積します。放置して良いものではありません」
「……」
「少なくとも、我々は話くらいなら聞けます」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
不思議だった。
フィレンは慰めるのが上手いわけじゃない。
むしろ下手な方だと思う。
それでも。
彼女なりに気遣ってくれているのは伝わった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
フィレンは軽く頭を下げる。
その時。
廊下の向こうから騒がしい声が聞こえた。
「待てぇぇぇぇ!!」
「嫌だぁぁぁぁ!!」
「……あれはなに?鬼ごっこ?」
「おそらくレミィが女王様のお菓子を勝手に食べたんでしょうね……」
レミィが来てからというもの、セレスにイタズラをしたりセレスの夕食をつまみ食いしたりと楽しそうにやっている。かというセレスも本気で嫌がってないため多分大丈夫だろう。
レミィは本来なら監禁しておくはずだが、脱走しても特に害はなく、それ以前に脱走は本人の力では無理だと考え、野放しにしている。
実際、一度だけ脱走しようとしたことがあった。
結果から言うと失敗した。
というか、失敗以前の問題だった。
王宮の外門まで辿り着いたところで道に迷い、泣きながら衛兵に保護されたらしい。
「帰りたいのに帰れないぃぃ……」
と半泣きになっていたそうだ。
どこへ帰るつもりだったのかは誰も知らない。
少なくとも脱走の才能がないことだけは分かった。
「だからと言って安心はできませんが」
フィレンがため息を吐く。
「一応、敵対組織の構成員ですので」
「構成員っていうか……」
私は窓の外を見る。
「使い捨ての駒みたいだね。実際誰も助けに来ないし。」
「確かにそうですね。」
フィレンがフフッと笑う。
その時だった。
――ドン。
重い音が響いた。
扉が開かれた音ではない。
もっと重く、威圧感のある音だった。
私とフィレンが同時に振り返る。
すると部屋の外にいた近衛兵が慌てた様子で頭を下げていた。
「フィレン様! 祭主様!」
「どうしました?」
フィレンがすぐに表情を引き締める。
「来客です!」
「来客?」
「竜族の長、レグナート様がお見えになりました!」
一瞬、空気が変わった。
竜族。
この世界に来てから何度も名前だけは聞いていた種族だ。
強大な魔力と圧倒的な身体能力を持つ種族。
その長が、わざわざ王宮へ?
フィレンも少し眉をひそめた。
「事前連絡は?」
「ありません」
「……珍しいですね」
フィレンの声が少し低くなる。
それだけ異常事態なのだろう。
数分後。
私とフィレンは謁見の間へ向かっていた。
いつもならセレスもいるのだが、
「レミィを捕まえに行くから先に行ってて。」
とのことだった。
たぶんすぐ捕まる。
むしろ捕まっている気がする。
そんなことを考えながら大扉をくぐる。
謁見の間の中央。
そこには竜のような人物が立っていた。
赤色の髪。
鋭い金色の瞳。
額から伸びる二本の角。
背中には黒い翼が畳まれている。
存在感だけで空気が重く感じた。
まるで猛獣が人の姿をしているようだった。
「来たか。」
低い声。
それだけで床が震えそうな錯覚を覚える。
フィレンが頷いた。
「待たせましたね、レグナートさん。」
「構わん。」
レグナートは短く答える。
その視線が私へ向いた。
竜そのものの目だった。
思わず背筋が伸びる。
「その者が祭主か。」
「そうじゃ。」
レグナートが数秒だけ私を見つめる
「……普通の人間に見えるな。」
「ほんと?」
思わず聞き返してしまった。
レグナートは腕を組み、じっとこちらを見下ろす。
「少なくとも、角も翼も生えておらん。」
「それは人間だからね?」
「そうか。」
妙に納得したように頷かれた。
「そんなことより、あんたらに聞いて欲しいことがあるんだ。」
「なに?」
「最近、竜の巣窟で子供が行方不明になる事件が頻発してるんだ。しかもここ3ヶ月で7回もな。」
「多いね。」
私がそう言うと、レグナートは険しい表情のまま頷いた。
「多いどころではない。」
低い声が響く。
「竜族はそれほど子を成さぬ。一人でも消えれば集落全体が騒ぎになる。」
フィレンが腕を組む。
「七人全員、子供なのですか?」
「ああ。」
「共通点は?」
レグナートは少しだけ黙った。
「ある。」
その一言で空気が変わる。
「全員、強い魔力を持つ子供だった。」
「強い魔力?」
私が首を傾げる。
「竜族は生まれながらに魔力が高い種族だろ?」
「その中でも特別な個体だ。」
レグナートは静かに言う。
「将来、長候補になるような子らだ。」
フィレンの目が細くなる。
「狙って攫われている可能性が高いですね。」
「俺もそう考えている。」
偶然ではない。
七人全員が特別な子供。
誰かが意図的に選んでいる。
そんな時だった。
バァン!!
謁見の間の扉が勢いよく開いた。
「待たせたわね!」
セレスだった。
そして予想通り。
「離せぇぇぇぇ!!」
レミィがいた。
首根っこを掴まれている。
「なんであたいも会議に参加しないと行けないんだよ!関係ないだろ!」
非常に元気だった。
レグナートが呆れたように聞く。
「……何だこいつは。」
「ただの居候です。」
フィレンが即答した。
「何ぃ!?」
レミィが叫ぶ。
レグナートが大きなため息を吐く。
「なんでもいいが……関係ないんだったら早く出てってくれ。」
「ほら!あいつも言ってるじゃん!」
「だめよ!すぐに逃げるじゃない!」
「そ、そんなことないし!」
「女王様、どうでもいいですから早くしてください。」
「むぅ……。」
セレスは不満そうな顔をしながらも、レミィの首根っこを離す。
レグナートは再び話を戻した。
「とにかく、この件は竜族だけでは解決できん。だから、教主。あんたの力を借りたい。」
「わかった。協力するよ。」
「本当か!ありがとう!」
「ねぇ、教主たちはなんの話してるの?」
セレスが不思議そうに聞く。一から説明してあげた。
「へえ、そんなことが起きてたのねぇ。物騒な世の中だわ。」
頬杖をつくセレスを尻目にレミィの顔が暗くなっているのが見えた。
「どうしたのレミィ。」
「…!……いや、別に。」
完全に何かを隠しているような感じだ。
レミィは慌てて視線を逸らした。
その反応を見て、フィレンの目が細くなる。
「……レミィさん」
「な、なんだよ」
「何か知っているのでは?」
「知らない!」
食い気味だった。
知らない人間の反応ではない。
謁見の間の空気が少し変わる。
レグナートも腕を組んだままレミィを見下ろした。
「小娘」
「ひっ」
「知っていることがあるなら話せ」
「し、知らないって!」
レミィは一歩下がる。
だが、そこで逃げ場がないことに気づいたらしい。
後ろには扉。
横にはセレス。
前にはレグナート。
そして何より、フィレンがいる。
包囲網だった。
「レミィ」
私はなるべく穏やかに声をかけた。
「本当に知らない?」
「……」
「怒らないから」
「それ、だいたい怒るやつじゃん」
「否定できないね」
私がそう言うと、セレスがこくこく頷いた。
「うん。結構怒られる前振りよね」
「女王様は黙っていてください」
「なんで!?」
いつものやり取り。
少しだけ空気が和らぐ。
レミィはしばらく黙っていた。
やがて観念したように肩を落とす。
「……あたいのいた組織でさ」
全員の視線が集まる。
「昔、聞いたことがあるんだ」
「何をですか?」
フィレンが問う。
レミィは小さく唇を噛んだ。
「"器集め"」
その言葉に、妙な違和感を覚えた。
「器?」
「強い魔力を持った子供だけを集める計画」
レグナートの表情が険しくなる。
「……続けろ」
「詳しくは知らない。本当に下っ端だったし」
レミィは慌てて付け加える。
「でも何年も前から準備してるとか言ってた」
「目的は?」
「知らない」
「嘘を吐くな」
レグナートの声が低くなる。
空気が震えた気がした。
レミィの肩がびくりと跳ねる。
「ほ、本当に知らないんだよ!」
半泣きだった。
「ただ……」
「ただ?」
「『門が開く時に必要になる』って」
その瞬間。
私の心臓が嫌な音を立てた。
黒い門。
星見の水晶。
シルフェンの言葉。
全部が繋がりそうで繋がらない。
だが無関係とは思えなかった。
フィレンも同じことを考えたらしい。
「門、ですか」
「うん」
「また門ね」
セレスが顔をしかめる。
「最近その単語ばっかり聞いてる気がする」
「私も」
聞くたびに嫌な予感しかしない。
レグナートは静かに目を閉じた。
そして数秒後。
ゆっくりと息を吐く。
「なるほどな」
金色の瞳が開く。
「ならば尚更急がねばならん」
「急ぐ?」
「ああ」
レグナートは私を見る。
「昨日も一人消えた」
「え」
部屋が静まり返る。
「昨日?」
「八人目だ」
その言葉は重かった。
誰もすぐには返事ができない。
レグナートは拳を握る。
「俺は長だ」
低い声。
「守るべき子供たちを守れなかった」
その声には怒りよりも悔しさが滲んでいた。
私は少しだけ意外に思った。
もっと怖い人だと思っていたから。
でも違った。
この人はただ、不器用なだけなのかもしれない。
「……助けよう」
気づけばそう言っていた。
レグナートがこちらを見る。
「必ず解決できるとは言えないけど」
「うむ」
「でも放ってはおけない」
七人。
いや、もう八人か。
子供たちが消えている。
それだけで十分だった。
レグナートは静かに頷いた。
「感謝する」
その時。
ふと視界の端でレミィが俯いているのが見えた。
小さく拳を握っている。
何かを決意しているようにも見えた。
あるいは――。
何かを恐れているようにも。
その様子が少しだけ気になった。
だが、それを聞く前に。
謁見の間の窓が突然震えた。
ガタッ。
全員が振り向く。
「……?」
次の瞬間。
空から一羽の黒い鳥が飛び込んできた。
「なっ!?」
衛兵たちが慌てる。
しかし鳥は暴れない。
一直線にレグナートの元へ飛んだ。
そして。
足に括り付けられていた小さな筒を落とす。
レグナートの表情が変わった。
「伝令鳥だ」
彼は素早く紙を取り出す。
内容を読む。
そして。
今までで一番険しい顔になった。
「どうしたの?」
私が聞く。
レグナートは数秒黙ったあと。
重々しく口を開いた。
「……竜の巣窟が襲撃された」
空気が凍った。
「何者かが結界を破ったらしい」
「結界を?」
フィレンが驚く。
それだけ異常なのだろう。
「被害は?」
「まだ分からん」
レグナートは紙を握り潰す。
「だが、ただ事ではない」
彼女の背中の翼がわずかに広がった。
怒りを抑えきれていないのが分かる。
「すぐに戻る」
レグナートは立ち上がる。
「祭主」
「うん」
「来れるか?」
私はフィレンを見る。
フィレンは小さく頷いた。
セレスを見る。
「私も女王としてこの事件に力を貸そうかな。」
少しだけ安心する。
だから私は答えた。
「行こう」
黒い門の謎も。
消えた子供たちも。
きっとどこかで繋がっている。
そんな予感がしていた。
私たちは竜の巣窟へ行く準備をした。




