第31話 界護人の覚醒と最強魔神
地下神殿全体が震えていた。
天井の亀裂はさらに広がり、巨大な裂け目の奥から溢れ出す黒い瘴気が周囲を侵食していく。
まるで世界そのものが悲鳴を上げているようだった。
《見つけた。最後の界護人》
侵界の魔神の本体が告げる。
その声だけで空間が歪んだ。
武は拳を握り締める。
恐怖がないわけではない。
むしろ足が震えるほど怖い。
だが――逃げるわけにはいかなかった。
「最後の界護人とか言われてもな……俺はただの高校生なんだけど」
「今さらそれを言うか」
古き魔王の少女が呆れたように言う。
「異世界に来て魔王と知り合い、勇者と旅をして、世界を救う立場になっている男が普通なわけがない」
「それはそうだけど!」
「認めたな」
「しまった!」
こんな状況なのにアレクが吹き出した。
「ははは! 相変わらずだな!」
ルシエラも苦笑する。
「緊張感がなくなりますね……」
だが次の瞬間。
ゴォォォォォォォ!!
裂け目の奥から無数の影が飛び出した。
黒い翼。
黒い鎧。
黒い爪。
その数は数百――いや、数千。
地下神殿の天井を埋め尽くすほどの異形の軍勢だった。
「うわっ!?」
武が思わず後退する。
少女の表情が険しくなる。
「魔神兵だ」
「魔神兵?」
「侵界の魔神が生み出した兵器だ。一体一体が上級魔物を超える」
「数がおかしいだろ!」
《殺せ》
魔神の命令が響く。
瞬間、魔神兵たちが一斉に襲い掛かってきた。
「来るぞ!」
アレクが剣を抜く。
青い魔力が剣身を包む。
「ルシエラ!」
「はい!」
巨大な魔法陣が展開される。
数十本の氷槍が空中に出現した。
「貫いてください!」
氷槍が放たれる。
ドドドドドドド!!
先頭の魔神兵たちが次々と撃ち抜かれる。
だが止まらない。
倒しても倒しても後ろから押し寄せてくる。
「数が多すぎる!」
アレクが剣を振るう。
一撃で十体以上を斬り飛ばす。
それでも焼け石に水だった。
魔神兵の大群は津波のように迫ってくる。
武も剣を構えた。
「やるしかない!」
飛び込んできた一体を斬る。
手応えはあった。
だが次の瞬間には三体。
さらに五体。
十体。
完全に数で押し潰そうとしている。
「くそっ!」
武の肩を鋭い爪が掠めた。
血が飛ぶ。
その瞬間――。
ドクン。
胸の奥が脈打つ。
再び黄金の光が溢れ出した。
「また……!」
武の身体を包む金色の輝き。
魔神兵たちが明らかに怯えた。
《その光……》
侵界の魔神の声が低くなる。
武自身も驚いていた。
傷が塞がっていく。
疲労が消えていく。
身体が軽い。
そして――見える。
魔神兵たちの身体を流れる黒い力が。
どこを斬れば倒せるのか。
どこが核なのか。
全部、見えていた。
「なんだこれ……」
自然と身体が動く。
一歩。
二歩。
三歩。
気付けば十体以上の魔神兵が崩れ落ちていた。
「え?」
武が固まる。
自分で何をしたのか分からない。
だが周囲は違った。
アレクが目を見開く。
「今の動き……」
ルシエラも驚愕している。
「見えませんでした……」
古き魔王の少女は確信したように呟いた。
「やはり界護人だ」
武の周囲で黄金の粒子が舞う。
神々しい光だった。
魔神兵たちは近付くだけで苦しみ始める。
まるで存在そのものを拒絶されているようだった。
《許さぬ》
侵界の魔神が怒りを露わにする。
《我らを滅ぼした力》
巨大な瞳が輝いた。
その瞬間。
裂け目の奥から黒い光線が放たれた。
「タケル!」
ルシエラの悲鳴。
避けられない――そう思った。
だが。
ドクン。
再び鼓動が響く。
世界が静止したように見えた。
光線の軌道。
空気の流れ。
空間の歪み。
全てが理解できる。
武は無意識に手を伸ばした。
そして。
「消えろ」
黄金の壁が出現した。
ドォォォォォォォン!!
激突。
凄まじい衝撃が地下神殿を揺らす。
しかし――防いだ。
侵界の魔神の攻撃を。
真正面から。
沈黙が落ちる。
誰も言葉を失っていた。
「……防いだ?」
武が一番驚いている。
《あり得ない》
侵界の魔神が呻く。
《まだ完全に目覚めていないはずだ》
その言葉に少女が反応した。
「完全に?」
《そうだ》
魔神が答える。
《界護人は三段階で覚醒する》
空気が張り詰めた。
《今は第一段階》
「……」
《完全覚醒すれば我らですら滅ぼせる》
武の背筋が冷える。
だが次の言葉で全員が凍り付いた。
《だが代償がある》
「代償?」
《完全覚醒した界護人は人ではなくなる》
武の心臓が跳ねた。
少女も険しい顔になる。
《世界そのものになるのだ》
静寂。
誰も声を出せなかった。
世界そのもの。
それはつまり――。
「俺が……消えるってことか?」
侵界の魔神は笑った。
《そうだ》
武の拳が震える。
力を得れば自分を失う。
そんな未来が待っている。
その時だった。
アレクが武の肩を叩いた。
「難しく考えるな」
「え?」
「今は生き残ることだけ考えろ」
ルシエラも頷く。
「そうです」
少女も静かに言う。
「答えは後で探せばいい」
仲間たちの言葉。
武は少しだけ笑った。
「そうだな」
今は迷っている場合じゃない。
目の前には世界を滅ぼそうとする敵がいる。
それだけだ。
武は剣を握り直した。
黄金の光が再び強くなる。
侵界の魔神が低く唸る。
《界護人……》
武は真っ直ぐ見上げた。
「俺はまだ俺だ」
そして剣先を向ける。
「世界も仲間も守る」
その宣言と同時に――。
裂け目の奥で、さらに巨大な“何か”が動いた。
少女の顔色が変わる。
「まずい……」
「どうした?」
震える声で少女は告げた。
「来るぞ」
裂け目の奥から現れたのは――。
二千年前、世界を滅亡寸前まで追い込んだ最強の魔神だった。
その姿を見た瞬間。
誰もが絶望を知ることになる。




