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第28話 目覚める災厄

ピシ――――ッ。


地下神殿に嫌な音が響いた。

巨大な繭の表面に走った亀裂が、ゆっくりと広がっていく。


誰も動けなかった。


武は息を呑む。

ルシエラは魔力を高める。

アレクは聖剣を握り直す。


ゼクトだけが笑っていた。

まるでこの瞬間を何年も待ち続けていたかのように。


「ついに……ついにだ」

狂信者のような声だった。


「二千年の悲願が叶う」


ドクン。

ドクン。

ドクン。


繭の鼓動がさらに大きくなる。

まるで巨大な心臓が目覚めようとしているようだった。


そして――


バキィィィィン!!


繭が砕け散った。

爆風が地下神殿全体を吹き荒れる。


「うわぁっ!?」


武は思わず腕で顔を庇った。

黒金色の結晶が砕け飛び、床に突き刺さる。

凄まじい魔力の奔流。空気そのものが震えていた。


やがて土煙が晴れる。


その中心に立っていたのは――


一人の少女だった。


「……え?」


武は目を瞬かせた。


少女。どう見ても少女である。

年齢は十二、三歳ほど。

長い黒髪、白い肌、黒いドレス。

そして真紅の瞳。


まるで人形のような美しさだった。


武は混乱した。


「え?」

もう一度言った。

「え?」


想像していたのと違う。

もっとこう、巨大な怪物とか、ラスボスみたいな化け物とか。

そういうのを想像していた。


なのに出てきたのは小柄な女の子だった。


「これ?」

思わず指差す。

「これが古き魔王?」


「失礼だな」


少女が口を開いた。鈴のような声だった。


「これとは何だ」


「あ、喋った」

「喋るに決まっているだろう」

「ごもっともです」


なぜか武は謝った。


その様子を見てアレクが呟く。


「タケル」

「なんだ?」

「騙されるな」


アレクの額には汗が浮かんでいた。

勇者が緊張している。それだけで異常だった。


「こいつ、とんでもないぞ」


武も気付いていた。

見た目は少女。だが存在感がおかしい。

そこに立っているだけなのに圧迫感がある。

まるで目の前に巨大な山があるような感覚。


生物としての格が違う。


少女はゆっくりと周囲を見回した。


「ふむ」


そしてゼクトを見る。


「お前が我を蘇らせたのか」


「はい!」

ゼクトは膝をついた。完全に部下である。


「我が主!」


だが少女は首を傾げた。


「誰だお前」


「え?」


ゼクトが固まる。


「誰?」

「いや、あの……」

「知らん」


あっさり切り捨てられた。


武は少し笑いそうになった。


「おい」

アレクが小声で言う。

「笑うな」

「だって」

「今笑うと殺されるぞ」


確かにその通りだった。


ゼクトは顔面蒼白になり、必死に説明する。


「わ、私はゼクトです! 二千年間あなた様の復活を――」


「二千年?」


少女は考え込む。


「ああ」


数秒後。


「あった気がする」


「気がする!?」


ゼクトが泣きそうになった。

二千年頑張った結果がこれである。



少女は再び周囲を見回した。

そして武を見た。


その瞬間、真紅の瞳が大きく見開かれる。


「……お前」


武の背筋が震えた。嫌な予感しかしない。


「え?」


少女が一歩近付く。


「な、なんですか」


さらに近付く。


「お前……」


武は後退る。

ルシエラとアレクも警戒を強めた。


だが少女は突然、武の顔を覗き込んだ。


「久しぶりだな」


「は?」


武の思考が停止した。


久しぶり?

誰が?

誰と?


初対面である。完全に。百パーセント。絶対に。


少女は不思議そうな顔をした。


「覚えていないのか?」

「いや初めましてですよね?」

「そうか」


少女は少しだけ寂しそうな顔をした。


「なら仕方ない」


意味が分からない。

武の頭の中は疑問符だらけだった。


だがルシエラは違った。

彼女は武と少女を交互に見て――気付いた。


「まさか……」


声が震える。


「タケル様の夢」


武が振り返る。


「夢?」


「黒い空。黒い玉座」


少女が微笑む。


「そうだ」


地下神殿の空気が凍った。


「お前はずっと我を見ていた」


武の心臓が大きく跳ねる。


異世界へ来る前から見続けた夢。

誰もいない玉座。黒い世界。あの夢。


あれは――


「お前だったのか」


少女は頷いた。


「そうだ」


武は混乱する。


「なんで?」


「簡単だ」


少女は言った。


「お前を呼んだからだ」


「は?」


「我がお前をこの世界へ呼んだ」


沈黙。


数秒後。


武は叫んだ。


「お前のせいかぁぁぁぁぁぁ!!」


地下神殿に絶叫が響いた。


「俺の平和な日本生活返せぇぇぇぇ!!」


「すまん」

「謝るな!」

「少し間違えた」

「少しじゃねぇ!!」


アレクが吹き出した。

ルシエラは頭を抱えた。

ゼクトは状況についていけていない。


そして少女だけが不思議そうな顔をしていた。


「怒るな」

「怒るわ!」

「お前が必要だったのだ」


その言葉に武は止まる。

少女の表情は真剣だった。


「この世界を救うために」


「……は?」


今度は全員が固まった。


世界を救う?

古き魔王が?


少女はゆっくりと言った。


「本当の敵は我ではない」


地下神殿の空気が重くなる。


「二千年前、我は戦った」


少女の瞳が暗くなる。


「世界の外から来た存在と」


誰も言葉を発しない。


「そして敗れた」


その言葉は重かった。

古き魔王――歴史上最強と呼ばれた存在。

その彼女が負けた。


「奴は再び目覚めようとしている」


少女は天井を見上げた。

まるで遥か遠くを見るように。


「だからお前を呼んだ」


そして武を見る。


「異世界の魂を持つ者を」


武は何も言えなかった。

状況が大きく変わりすぎている。


ゼクトですら動揺していた。


「ま、待て!」

彼が叫ぶ。

「世界の外の存在だと!?」


少女は冷たく見た。


「ああ」


「私はそんな話は聞いていない!」

「言っていないからな」

「え?」


ゼクトが固まる。


少女は平然と言う。


「聞かれなかった」


「いや聞く前提の話だろ!?」


武が思わずツッコんだ。


少女は首を傾げる。


「そうか?」


全員が頭を抱えた。


だが次の瞬間――


ズォォォォォォォン!!


地下神殿が激しく揺れた。

今までとは比較にならない衝撃。

天井が崩れ始める。


「何だ!?」

アレクが叫ぶ。


少女の顔色が変わった。初めてだった。


「まずい」


「何が!?」


少女は空を見上げる。


「もう来た」


武の背筋に悪寒が走る。


その時――


地下神殿の天井が、巨大な黒い腕によって貫かれた。


全員が凍り付く。


少女が低く呟く。


「奴だ」


黒い腕はゆっくりと広がる。

まるで世界そのものを引き裂くように。


そして――


空間の裂け目の向こうで、無数の赤い瞳が開いた。


その光景を見た瞬間、武は本能で理解した。


これは災害ではない。

魔王でもない。

怪物でもない。


もっと根源的な何かだ。


世界そのものを喰らう存在。


本当の敵が、ついに姿を現したのだった――。

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