第27話 地下神殿
ズォォォォォォン――!!
地面を揺らす重低音が、エルバニア全域へ響き渡った。
食堂にいた客たちは悲鳴を上げ、椅子から立ち上がる。
「な、何だ今の!?」
「地震か!?」
「違う……!」
冒険者らしき男が顔を青くする。
「魔力だ……!」
武も胸の奥がざわついていた。嫌な感覚だった。
ベヒモスの時に感じたものと同じ。いや、それ以上かもしれない。
まるで街の地下で巨大な何かが呼吸しているような気配。
「ルシエラ」
「ああ」
ルシエラの表情は険しい。
「間違いない。ゼクトの魔力だ」
アレクが立ち上がる。
「行くか」
「行くってどこに?」
「決まってる」
アレクはニヤリと笑った。
「原因をぶっ飛ばしにな」
「脳筋すぎるだろ!」
「褒め言葉だな」
「褒めてねぇ!」
緊張感が少しだけ和らぐ。だが状況は最悪だった。
店の外から悲鳴が聞こえてくる。
「子供が消えた!」
「誰か助けてくれ!」
「まただ……!」
人々の恐怖が街全体を包んでいた。
武は拳を握る。
ゼクト。
あいつが全部の元凶だ。
◆
その夜。三人は街の調査を開始した。
まず向かったのは衛兵隊の詰所。失踪事件について情報を集めるためだ。
隊長室では中年の男が疲れ切った顔をしていた。
「協力したいのは山々だがな……」
男は頭を抱える。
「正直、お手上げだ」
「そんなに酷いのか?」
武が尋ねると、隊長は机の上の書類を見せた。そこには失踪者の名前が並んでいる。
「三か月前からだ」
「三か月?」
「ああ」
最初は一人。次に二人。そして四人。
失踪者は雪だるま式に増えていった。
「現在確認されているだけで四十三人だ」
武は息を呑む。
「そんなに……」
「だが死体は一つも見つからない」
それが異常だった。
誘拐なら身代金要求がある。魔物なら遺体が残る。
だが何もない。本当に人が消えているだけなのだ。
ルシエラが尋ねる。
「共通点は?」
「それが分からん」
隊長は首を振る。
「年齢も職業も性別もバラバラだ」
「黒い夢の話は?」
隊長の顔色が変わる。
「知っているのか」
「少しな」
男は深くため息を吐いた。
「消えた者の多くが言っていた。黒い空、黒い玉座、誰かに呼ばれる夢……まるで同じ夢を見ているみたいだった」
武の背筋が冷たくなる。
自分と同じだ。異世界へ来る前に見続けた夢。
あれは偶然ではなかった。
◆
詰所を出た後、三人は街の中心部を歩いていた。
既に夜更け。人通りは少ない。
だが窓という窓には明かりが灯っている。誰も眠れないのだ。失踪を恐れて。
「嫌な街になっちまったな」
アレクが呟く。
「本来はもっと活気がある場所だった」
「知ってるのか?」
「ああ。以前来たことがある。夜でも酒場は騒がしかった」
「今は静かだな」
武は周囲を見る。静かすぎる。不気味なくらいに。
その時だった。
ルシエラが足を止める。
「……いた」
「何?」
ルシエラの視線の先、路地裏。
一人の少年がふらふらと歩いている。十歳くらいだろうか。虚ろな目をしていた。
「おい、坊主」
アレクが声を掛けるが反応がない。
少年はまるで操られているように歩き続ける。
そして――
「待て!」
武が手を伸ばした瞬間、少年の身体が黒金色の光に包まれた。
「なっ!?」
空間が歪む。魔法陣だ。足元に巨大な陣が浮かび上がる。
「転移魔法!」
ルシエラが叫ぶ。
少年の身体が消え始める。
「させるか!」
アレクが飛び込んで少年の腕を掴む。だが――
ゴォォォォッ!!
魔法陣が暴走した。
「ぐっ!」
アレクの身体が吹き飛ばされ、石壁に激突。壁が砕けた。
「アレク!」
「大丈夫だ!」
全然大丈夫そうじゃない。
だがその隙に少年は完全に消えた。
静寂。残ったのは魔法陣の痕跡だけ。
ルシエラが膝をつく。
「……間違いない」
「何が?」
「地下だ。転移先は地下深く」
武は拳を握った。ついに尻尾を掴んだ。
◆
一方その頃――エルバニア地下。
そこには巨大な神殿が存在していた。
本来なら存在しないはずの場所。誰にも知られていない秘密空間。
黒金色の結晶が無数に生えている。
中心には巨大な祭壇。
その周囲には失踪した人々が並んでいた。全員眠っている――いや、意識を奪われている。
そして祭壇の前にはゼクト。
「順調だ」
低い声が響く。
部下の一人が跪いた。
「間もなく五十人目が到着します」
「そうか」
ゼクトは満足そうに頷く。
祭壇の中央には巨大な繭。黒金色の繭。
心臓のように脈打ち、ドクン、ドクンと空間を震わせる。
「継承の器は完成へ近付いている。もうすぐだ」
ゼクトが繭へ手を伸ばす。
その瞬間――繭の中から赤い瞳が開いた。
ギロリ――。
部下たちが震える。本能的な恐怖だった。
だがゼクトだけは笑う。
「目覚めろ。我が主よ」
地下神殿に不気味な笑い声が響いた。
その頃、地上では武たちが地下への入口を探し始めていた。
まだ知らない。地下で待ち受けるものが、自分たちの想像を遥かに超える存在であることを。
そして――黒い夢の正体に、あと一歩まで迫っていることを。




