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第26話 黒い夢の街

少女を近くの村まで送り届けた後、武たちは再びエルバニアを目指して歩き始めた。


夕暮れが近づいていた。


森を抜けると、広大な平原が広がり、その遥か向こうに城壁都市が見える。


「あれがエルバニアか」


武は思わず足を止めた。


想像以上に大きい。

高い石壁に囲まれ、何本もの塔が空へ伸び、市場と思われる区域からは煙が立ち上っている。


「かなり栄えてるな」


「南方最大級の交易都市だからな」


アレクが説明する。


「王都ほどじゃないが、人の数は多い」


「人が多い場所は苦手なんだよなぁ……」


武は本音を漏らした。


四十六年間サラリーマンをしていた経験上、人混みは疲れる。


「元魔王が何を言う」


「俺は元会社員だ」


「今は魔王だ」


「納得いかねぇ……」


ルシエラが呆れたようにため息をつく。


そんなやり取りをしながら街道を進む。


だが街へ近づくにつれ、武は妙な違和感を覚え始めた。


人は多い。

荷馬車も行き交っている。

兵士もいる。


一見すると平和な街だ。


しかし――。


「暗いな」


武が呟いた。


「ん?」


「なんていうか……みんな元気がない」


行き交う人々の顔色が悪い。

疲れているような、怯えているような。

笑顔が少ない。


まるで街全体が重苦しい空気に包まれているようだった。


ルシエラも同じことを感じたらしい。


「……確かに異様だな」



城門へ到着すると、兵士たちが検問を行っていた。


「止まれ」


武たちは立ち止まる。


「名前と所属を聞こう」


「旅人だ」


アレクが答える。


兵士は三人を順番に見る。

特にルシエラを見た瞬間、一瞬だけ目を見開いた。


圧倒的な存在感。

隠していても分かる者には分かる。


「最近は物騒だ。気を付けろ」


「何かあったのか?」


武が尋ねる。


兵士は少し迷った後、小声で言った。


「人が消えている」


やはり――少女の話は本当だった。


「犯人は?」


「分からん」


兵士は首を振る。


「だが夜は出歩くな」


「夜?」


「ああ」


兵士の表情が曇る。


「消える奴は決まって夜だ」


三人は顔を見合わせた。



街へ入る。


市場は賑わっていた。

果物を売る商人、鍛冶屋、冒険者、旅人。


だが活気の裏に、見えない緊張がある。

誰もがどこか落ち着かない。


武は小声で言った。


「なんかホラー映画みたいだな」


「ほらーえいが?」


「いや、何でもない」


説明が面倒だった。


とりあえず宿を探すことにする。


街の中心部にある宿屋へ入る。

木造三階建ての立派な建物だ。


「三部屋頼む」


アレクが受付へ言う。


宿の女将が首を傾げた。


「二部屋じゃなくて?」


「三部屋だ」


「仲間じゃないのかい?」


「仲間だ」


「なら二部屋で十分じゃ――」


「三部屋だ」


即答だった。


武は苦笑する。

どうやらアレクは余計な誤解を避けたいらしい。


ルシエラは完全に無表情だった。



宿を確保し、夕食を取ることになった。


一階の食堂は意外と賑わっている。


武は肉料理を頬張りながら言った。


「久しぶりにまともな飯だ」


「森でも食べていただろう」


「焼いた肉だけじゃん」


「美味かっただろう」


「それは認める」


アレクの料理は意外と上手い。


そんな話をしている時だった。


隣の席から聞こえてきた会話に武の耳が止まる。


「また消えたらしいぞ」


「本当か?」


「ああ」


商人風の男たちだった。


「今度は鍛冶屋の息子だ」


「これで何人目だ?」


「二十人は超えた」


武たちは黙って聞く。


「衛兵は何やってんだ」


「調べても何も出ないらしい」


「気味が悪いな……」


男たちは声を潜める。


「消える前にみんな同じ夢を見るって話、本当なのか?」


武の手が止まった。


やはり――黒い夢だ。


偶然ではない。


ルシエラも真剣な表情になっている。


その時だった。


ドンッ!


店の入口が開いた。


数人の男たちが飛び込んでくる。


「助けてくれ!」


店内が静まり返る。


男たちの顔は真っ青だった。


「娘が消えた!」


「何!?」


「さっきまで部屋にいたんだ!」


騒然となる食堂。


武たちは立ち上がった。


「今の話、詳しく聞かせてくれ」


武が男へ近付く。


男は涙目だった。


「娘がいなくなったんだ!」


「連れ去られたのか?」


「違う!」


男は震える声で言った。


「部屋の中から突然消えたんだ!」


その瞬間――

ルシエラの表情が変わる。


魔力を感じたのだ。


「武」


「どうした?」


「来るぞ」


次の瞬間。


街の地下深くから――


ズォォォォォォォォン――!!


地鳴りのような振動が響いた。


食堂の窓が震え、皿が揺れ、人々が悲鳴を上げる。


「な、何だ!?」


「地震か!?」


違う。


武にも分かった。


これは魔力だ。


あまりにも巨大で、あまりにも不気味な――

黒金色の魔力。


ベヒモスを暴走させた時と同じ気配。


ルシエラが立ち上がる。


「間違いない」


「ゼクトか?」


「ああ」


銀色の瞳が鋭く細められる。


「奴がこの街にいる」


武の胸が高鳴る。


ついに追いついた。


長く追ってきた敵の足跡。

失踪事件。

黒い夢。

地下の魔力。


すべてが繋がった。


だが――。


その時。


武の頭の中に、あの声が響いた。


『継承者よ』


突然の声に武は息を呑む。


『目覚めの時が近い』


誰も聞こえていない。

聞こえたのは武だけだった。


そして遠く地下では――


巨大な黒金色の繭が、ゆっくりと脈動していた。


まるで新たな魔王が誕生しようとしているかのように。

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