第21話 もう一人の継承者
「――なぜお前から魔王の魔力が検出された?」
ルシエラの一言が、部屋の空気を一瞬で凍らせた。
武は反射的に視線を逸らす。
胸の奥で、心臓が嫌な音を立てた。
夢の内容が、頭から離れない。
初代魔王。
世界に散った欠片。
継承者。
そして――「お前だけではない」という言葉。
「武?」
怪訝そうに覗き込むルシエラの顔。
その隣でアレクも腕を組み、いつになく真剣な目をしていた。
「何か見たんだろ?」
「……分かるのか?」
「なんとなくな。目がそう言ってる」
勇者らしからぬ答えだが、不思議と否定できなかった。
武は小さく息を吐き、覚悟を決める。
「……夢を見たんだ」
「夢?」
ルシエラが眉をひそめる。
武はゆっくり語り始めた。
暗闇。
謎の男。
巨大な戦場。
初代魔王。
世界に散った欠片。
そして自分がその一つだと言われたこと。
話が進むほど、部屋の空気は重く沈んでいく。
ルシエラもアレクも、途中で口を挟むことはなかった。
語り終えた頃には、武自身もどっと疲れが押し寄せていた。
沈黙。
その静寂を破ったのは、ルシエラだった。
「……あり得ない話ではない」
「信じるのか?」
「完全には、だ」
ルシエラは机の上の水晶を指差す。
黒い光がゆらゆらと揺れていた。
「だが魔王の魔力が検出されたのは事実だ」
武が近づくと、黒い光はさらに強くなる。
「これが?」
「ああ。魔力測定具だ」
「そんなものが……」
「魔王城だからな」
妙に納得してしまう自分がいた。
ルシエラは続ける。
「普通の人間なら反応しない。勇者なら聖属性の光が出る」
アレクが手を置く。
眩い金色の光が溢れ、武は思わず目を細めた。
「すげぇ」
「だろ?」
得意げな顔が少し腹立つ。
続いてルシエラが手を置く。
深い紫色の光が部屋を満たし、圧倒的な魔力が空気を震わせた。
「これが……魔王」
武はごくりと唾を飲む。
そして自分の番が来た。
恐る恐る手を置く。
一瞬、何も起きない。
だが次の瞬間――
ゴォッ!
黒金色の光が噴き上がった。
水晶が激しく震え、嫌な音が響く。
バキッ。
「え?」
ヒビが入った。
さらに――
バキバキバキッ!
水晶は砕け散った。
全員が固まる。
「……壊れた?」
「壊れたな。高かったのに」
そっちかよ、と武はツッコみかけたが、笑えなかった。
明らかに異常だ。
ルシエラの表情も再び引き締まる。
「ますます怪しいな」
「自分でもそう思う……」
武が頭を抱えたその時――
ドンッ!
扉が勢いよく開いた。
兵士が駆け込んでくる。
「魔王様! 南方監視塔より緊急連絡です!」
「敵襲か?」
「いえ……」
兵士は言葉を詰まらせ、震える声で告げた。
「継承者と思われる人物が確認されました!」
部屋の空気が凍りつく。
武の心臓が跳ねた。
「詳しく話せ」
ルシエラの声が低く響く。
「南方の都市エルバニアで大規模な戦闘が発生。原因は……一人の青年です」
武の背筋に冷たいものが走る。
「その青年は素手で上級魔獣を十体以上討伐。さらに暴走した魔力で街の一部が消滅したとのこと」
アレクでさえ真顔になった。
兵士は続ける。
「目撃者の証言では……青年の身体から黒金色の光が出ていたそうです」
武の顔色が変わる。
先ほど自分が放った光と同じ。
偶然ではない。
ルシエラも同じ結論に至ったようだ。
「場所は?」
「ここから南へ五日ほどです」
「近いな」
アレクがニヤリと笑う。
「面白くなってきた」
「面白くない!」
武は即座に否定したが、誰も聞いていない。
ルシエラは立ち上がる。
「準備しろ。出発する」
「真相を確かめるぞ」
アレクが嬉しそうに頷く。
「旅か」
「観光ではない」
「分かってる」
絶対分かってない、と武は思った。
そして――
「武も来る」
「……は?」
「お前が中心人物だからな」
「いやいやいや! 危険だろ!」
「危険だ。だから連れて行く」
理屈は分かる。
分かるが納得はできない。
武は天井を仰いだ。
どうしてこうなった。
異世界に来ただけでも十分おかしかったのに、さらに上を行く展開だ。
魔王の欠片。
継承者。
謎の青年。
そして旅。
平穏な日常は、もうどこにもない。
窓の外では夕日が沈み始めていた。
その遥か南方に、もう一人の継承者がいる。
敵か。
味方か。
それすら分からない。
ただ一つだけ確かなことがあった。
武の運命は、今まさに大きく動き始めている。
武は深く息を吐き、椅子に座り込んだ。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
だが、考える暇すら与えてくれないように、事態は次々と動いていく。
「出発は明朝だ」
ルシエラが淡々と言う。
「そんな急に……」
「急ぐ理由がある。継承者が暴走しているなら、被害は拡大する」
アレクが腕を組んだまま、真剣な声で続ける。
「それに、そいつが武と同じ“欠片”なら……放っておくと危険だ」
「危険って……俺が危険みたいに言うなよ」
「実際危険だろ?」
「否定できないのがつらい」
武は頭を抱えた。
ルシエラはそんな二人を見て、静かに言った。
「武。お前は自分を過小評価しすぎだ」
「え?」
「魔王の魔力を持ちながら、暴走もせず、正気も保っている。それだけで異常だ」
「褒められてる気がしないんだけど」
「褒めている」
ルシエラは真顔だった。
アレクが笑う。
「まあ、武は武だしな。変に暴れたりしないだろ」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「平和主義の一般人」
「……まあ否定はしないけど」
そんなやり取りの中でも、胸の奥の不安は消えなかった。
(もう一人の継承者……)
夢の中の男の言葉が蘇る。
――お前だけではない。
その意味が、現実として目の前に突きつけられた。
もしその青年が、自分と同じように突然力を得て、制御できずに暴走しているのだとしたら――。
(俺も……ああなる可能性があるってことか?)
背筋が冷たくなる。
ルシエラが武の肩に手を置いた。
「怖いか?」
「……正直、怖い」
「それでいい。恐れを知らぬ者ほど暴走する」
アレクが頷く。
「怖いってのは、ちゃんと自分を見てる証拠だ。大丈夫だって」
勇者らしからぬ励まし方だが、不思議と心が軽くなった。
「……ありがとう」
武が小さく呟くと、ルシエラはわずかに微笑んだ。
「休め。明日は長旅になる」
「うん……」
部屋を出ようとしたその時、ルシエラが呼び止めた。
「武」
「ん?」
「お前は一人ではない。忘れるな」
その言葉は、胸の奥に静かに染み込んだ。
アレクも親指を立てる。
「任せとけ。何かあったら俺がぶん殴って止めてやる」
「それはそれで怖いんだけど」
「安心しろ、加減はする」
「加減できるのか?」
「できるできる。たぶん」
たぶん、が一番信用ならない。
だが――
それでも、二人がそばにいるという事実は心強かった。
武は深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。
(逃げられないんだな……)
異世界に来てから、流されるように生きてきた。
だが、もう逃げることはできない。
自分の中に眠る“欠片”。
もう一人の継承者。
暴走する力。
向き合わなければならない。
武は拳を握った。
「……行くよ。俺も」
その言葉に、ルシエラは満足げに頷いた。
「そう言うと思った」
アレクが笑う。
「よし、じゃあ明日は冒険だな!」
「だから観光じゃないって……」
呆れながらも、武の胸の奥には小さな決意が芽生えていた。
窓の外では、夜の帳が静かに降り始めている。
その闇の向こうに、もう一人の継承者がいる。
敵か。
味方か。
それとも――自分の未来を映す鏡なのか。
武は静かに目を閉じた。
明日、すべてが動き出す。




