第20話 継承者の記憶
――暗闇だった。
どこまでも続く漆黒。
上も下も分からない。
自分が立っているのか、浮いているのかさえ分からない。
武はゆっくりと目を開く。
「……ここは?」
声を出したつもりだった。
だが音は響かない。
ただ静寂だけが広がっていた。
魔王城の物音も、人の気配もない。
あるのは、底の見えない闇だけ。
「夢か……?」
そう呟いた瞬間――
前方に光が灯った。
最初は小さな光。
だが次第に大きくなり、人の形を作り始める。
武は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、一人の男。
長い黒髪。
漆黒の外套。
鋭い金色の瞳。
まるで王のような威圧感を纏っている。
だが不思議と恐怖はなかった。
むしろ懐かしい。
初めて会うはずなのに、昔から知っているような感覚。
男は静かに武を見つめた。
「ようやく会えたな」
低く響く声。
武は眉をひそめる。
「誰だ?」
男はわずかに笑った。
「その質問には二つの答えがある」
「二つ?」
「ああ」
男は一歩前へ出る。
「私はお前の知らない存在」
さらに一歩。
「そして、お前自身でもある」
意味が分からない。
武は顔をしかめる。
「何を言ってるんだ」
「理解できなくて当然だ」
男が空を見上げた瞬間――
周囲の闇が揺らぎ、景色が変わった。
巨大な城。
燃え盛る大地。
空を埋め尽くす無数の軍勢。
武は目を見開く。
「なんだ……これ……」
そこは戦場だった。
いや、戦場という言葉では足りない。
世界そのものが戦っているような光景。
巨大なドラゴン。
数百メートル級の魔獣。
天空を飛ぶ要塞。
見たこともない存在たちが争っている。
そして、その中心に――
一人の男が立っていた。
黒い鎧。
巨大な剣。
軍勢の頂点に立つ絶対的存在。
武は呟く。
「あれは……」
男が答える。
「魔王だ」
武は息を呑む。
ルシエラのような魔王ではない。
もっと古い。
もっと圧倒的な存在。
世界そのものを支配していた“王”。
「初代魔王……?」
男は静かに頷いた。
「そう呼ばれていた時代もあった」
視界の中では戦いが続く。
無数の英雄たち。
神官。
竜騎士。
精霊王。
ありとあらゆる強者が魔王へ挑む。
だが――誰も届かない。
圧倒的だった。
「こんなの……勝てるわけ……」
武は言葉を失う。
人間が勝てる相手ではない。
神話そのものだ。
男は再び武を見る。
「そして私は死んだ」
その瞬間、景色が崩れた。
空が裂け、大地が砕け、世界が崩壊していく。
無数の光が飛び散った。
武はその光の一つを見つめる。
小さな欠片。
まるで魂のような輝き。
「これは……?」
「私の力だ」
男は答える。
「完全に滅びることを避けるため、世界中へ分散させた」
武は嫌な予感がした。
「待て……まさか」
男は笑う。
「気付いたか」
「俺が……その欠片……?」
「正確には違う」
男は首を横に振る。
「お前はお前だ」
「……」
「だが私の欠片を持って生まれた」
武は黙り込む。
異世界召喚。
勇者との出会い。
ルシエラとの接触。
ワイバーンの言葉。
――継承者。
全てが繋がり始めていた。
「だから俺が選ばれたのか?」
男は答えない。
代わりに静かに言った。
「選ばれたのではない」
「え?」
「引き寄せられたのだ」
武は眉をひそめる。
男は続ける。
「世界は均衡を求める」
「均衡?」
「勇者が存在するなら、魔王も必要だ」
武は嫌な予感しかしなかった。
「待てよ……」
「今の世界は崩れ始めている」
男は武の言葉を無視する。
「だから欠片が目覚め始めた」
「ちょっと待て!」
武は叫ぶ。
男がようやく視線を向ける。
「なんだ」
「俺は普通の会社員だったんだぞ!」
「知っている」
「魔王なんて無理だ!」
「安心しろ」
男は即答した。
武が少し安心しかけた瞬間――
「今のお前では無理だ」
「安心できない!」
男は初めて声を上げて笑った。
恐ろしい存在だと思っていたのに、
笑う姿はどこか人間らしい。
その時だった。
空間が揺れた。
男の表情が変わる。
「時間切れか」
「え?」
「目覚めるぞ」
周囲を見ると、景色が崩れ始めていた。
戦場も城も、闇に飲まれていく。
「待て!」
武は叫ぶ。
「まだ聞きたいことがある!」
男は静かに笑う。
「また会う」
「いつだ!」
「欠片がさらに目覚めた時だ」
「だから!」
武が手を伸ばす。
だが男の姿は薄れていく。
最後に男は言った。
「気を付けろ」
「何をだ?」
男の金色の瞳が細められる。
「継承者はお前だけではない」
武の背筋が凍る。
「……!」
「既に動き始めている」
その言葉を最後に――
世界は完全に崩壊した。
そして。
武は目を開いた。
眩しい光。
見慣れた天井。
魔王城だった。
「目を覚ました!」
聞き慣れた声。
顔を向けるとルシエラがいた。
その隣にはアレク。
さらに周囲には魔族兵たちまで集まっている。
全員がこちらを見ていた。
「……なんだ?」
武が尋ねると、アレクが笑った。
「丸一日寝てたぞ」
「一日!?」
飛び起きる。
身体に異常はない。
だが胸の奥に、あの“熱”だけが残っていた。
夢ではない。
あれは確かに現実だった。
その時。
ルシエラが真剣な顔で言う。
「武」
「なんだ?」
「お前に聞きたいことがある」
武は嫌な予感を覚える。
ルシエラは静かに続けた。
「なぜお前から――魔王の魔力が検出された?」
部屋の空気が凍った。
武も固まった。
夢で聞いた言葉。
初代魔王。
欠片。
継承者。
全てが頭の中で繋がる。
そして武は悟った。
どうやら本当に――
とんでもないことに巻き込まれているらしい。
――続く。




