第二話 四天王
「いやいやいやいや待ってくれ!!」
黒崎武は半泣きだった。
だが周囲の魔族たちは誰一人として動じず、むしろ感動したような目で武を見つめている。
『おお……なんと深淵なるお言葉……』
「いや違うから!?」
何がどうなっているのか分からない。
ついさっきまで、ただの46歳会社員だった。
それが気づけば異世界で“魔王様”扱いされている。
意味が分からない。
「……魔王様」
銀髪の女――ルシエラが静かに口を開く。
「玉座へお座りください」
「いや座らないけど」
「世界を滅ぼす御方が床に立たれていては、我らが困ります」
「世界滅ぼさないけど!?」
だが魔族たちはざわめいた。
『さすが魔王様……』
『まだ世界を滅ぼす時ではないと……なんという深慮……』
「なんでそうなる!?」
武のツッコミは誰にも届かない。
ルシエラに促されるまま、武は広間の奥へ連れて行かれた。
そこにあったのは、巨大な黒い玉座。
禍々しい竜の彫刻に、赤黒い宝石。
どう見てもラスボス専用である。
「いや絶対これ俺の席じゃないだろ……」
「お似合いです、魔王様」
「似合いたくねぇ……」
恐る恐る腰を下ろした瞬間――
ズゥンッ!!
魔王城全体が震えた。
玉座から黒い光が溢れ、武の身体を包み込む。
《魔王権限を確認》
《魔王城との接続を開始》
《全魔族への支配権を取得しました》
「また変なの来た!?」
頭の中に響く機械音声。
次の瞬間、武の脳内へ大量の情報が流れ込んできた。
魔王城の構造。
魔族軍の配置。
各地の戦況。
「ぐっ……!?」
頭が割れそうになる。
「魔王様!?」
ルシエラが駆け寄る。
「だ、大丈夫だ……」
すると周囲がどよめいた。
『おお……魔王様が我らを気遣っておられる……』
『なんと慈悲深い……』
「いやだから違――」
「失礼します」
低い声が広間に響いた。
現れたのは、二メートルを超える巨漢。
全身を覆う黒鉄の鎧。
背中には巨大な斧。
どう見ても化け物である。
「四天王第二席、グラドール。魔王様のご帰還、心より歓迎いたします」
巨漢は片膝をついた。
すると今度は――
「ふふっ、ようやく会えたわねぇ」
妖艶な女の声と共に、赤いドレスを纏った美女が現れる。
白い肌。紅い瞳。口元から覗く牙。
「四天王第三席、吸血鬼女王セレスティア。ずっとお待ちしておりましたわ、魔王様♡」
「近い近い近い」
さらに――
「ほほぅ! 興味深い!」
小柄な少女が机の上へ飛び乗った。
金髪ツインテールにローブ姿。
年齢は十歳くらいにしか見えない。
「四天王第四席、天才魔導師ミレイユじゃ! 魔王様の魔力、ぜひ研究させてほしいのじゃ!」
「ロリババア来た!?」
「誰がロリババアじゃ!!」
ギャアギャアと騒がしくなる四天王たちを見て、武は頭を抱えた。
(なんなんだこれ……)
するとルシエラが静かに告げる。
「魔王様」
「……なんだ」
「人間どもが、“勇者召喚”を開始したとの報告が入りました」
その瞬間、空気が変わった。
四天王たちの目から笑みが消える。
「勇者……?」
武が呟くと、ルシエラは静かに頷いた。
「はい。人間どもは再び、魔王様を討つつもりです」
「いやいやいや、俺ただの会社員なんだけど」
「ですが――」
ルシエラは跪く。
「我らは、魔王様なら必ず勝利すると信じております」
他の四天王たちも続けて膝をついた。
『我らが王に、永遠の忠誠を』
重苦しい沈黙の中、武は引きつった顔で呟く。
「……帰りたい」




