第一話 46歳、異世界で魔王になる
黒崎武、四十六歳。
職業、物流倉庫の契約社員。
独身。恋人いない歴=年齢。
人生に希望はなく、毎日を惰性で生きていた。
「おい黒崎! またミスしてんぞ!」
「……すみません」
怒鳴られながら、武は頭を下げる。
若い社員には陰で馬鹿にされ、上司にはサンドバッグのように扱われる。
気づけば四十六歳。
友人もいない。
結婚もできなかった。
親とも疎遠。
何者にもなれなかった男。
「はぁ……」
仕事帰り、武はコンビニ弁当を片手にボロアパートへ戻った。
六畳一間。
薄い壁。
カビ臭い部屋。
これが自分の人生の終着点か――そんなことを考えながら、武は古びた棚へ目を向けた。
そこにあるのは、一冊の黒い大学ノート。
「……まだ持ってたのか」
武は苦笑しながらノートを手に取る。
中学時代に書いていた、“黒歴史ノート”だった。
『漆黒の魔王』
『魂を喰らう禁忌の右眼』
『終焉剣ネザーヴェイン』
『世界を統べる十三魔将』
ページをめくるたび、痛々しい設定が並ぶ。
「うわぁ……」
思わず顔を覆う。
当時は本気だった。
自分は特別な存在だと、本気で信じていた。
学校ではいじめられ、現実には何も居場所がなかった武にとって、妄想の世界だけが救いだった。
「……今見るとキツすぎるだろ」
だが、不思議と捨てられなかった。
どれだけ惨めな人生になっても、このノートだけは処分できなかった。
「風呂入るか……」
武が立ち上がった、その時だった。
――視界が歪む。
「……え?」
部屋の壁が崩れるように消えていく。
床も、天井も、景色も。
すべてが黒に飲み込まれていった。
「な、なんだこれ!?」
身体が浮く。
落下感。
「うわあああああっ!?」
次の瞬間――。
ドォンッ!!
武は硬い石の床へ叩きつけられた。
「いってぇ……」
顔を上げる。
そこは巨大な空間だった。
黒い柱。
赤黒く燃える炎。
天井を埋め尽くす禍々しい魔法陣。
そして――。
周囲には、人ではない者たちがいた。
角を持つ女。
獣の顔をした巨漢。
漆黒の鎧を纏った騎士。
どいつも漫画やゲームの魔族そのものだった。
「…………は?」
武が呆然としていると、
その場にいた全員が、一斉に跪いた。
『魔王様……!!』
「…………え?」
武は後ろを振り返る。
誰もいない。
「いや、これ俺?」
その時、一人の女が前へ進み出た。
銀色の長髪。
紅い瞳。
漆黒のドレス。
頭には悪魔のような角。
「長き眠りからのご帰還、お待ちしておりました」
女は深く頭を下げた。
「我ら魔王軍四天王第一席、ルシエラ。再び魔王様へ忠誠を捧げます」
「いや待って。人違いです」
「その魔力で?」
「魔力?」
瞬間――。
ゴォォォォォッ!!
武の身体から、黒い魔力が噴き上がった。
「うおっ!?」
空気が震え、床に亀裂が走る。
周囲の魔族たちが歓喜に震えた。
『おお……!』
『間違いない……!』
『漆黒の魔王様だ!!』
「違う違う違う!!」
その時だった。
頭の中に、機械のような声が響く。
《ユニークスキル『ソウルイーター』を確認》
《ユニークスキル『大賢者』を確認》
《ユニークスキル『アイテムクリエイト』を確認》
「は?」
《個体名:黒崎武》
《魔王因子との融合を開始します》
「待て待て待て」
《融合率20%……40%……80%……》
「ちょっ――」
《融合完了》
ズンッ!!
凄まじい圧力が広間を揺らした。
黒い魔力が渦を巻き、武の瞳が赤黒く輝く。
魔族たちは歓喜に満ちた声を上げた。
『魔王様!!』
『魔王様の復活だ!!』
「いやあああああっ!!」




