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第18話 勇者と魔王城の日常

翌朝――。


武はゆっくりと目を覚ました。


窓の外から差し込む朝日が眩しい。


しばらく天井を見つめ、ため息をつく。


「……異世界か」


今さら確認するまでもない。

ここは魔王城だ。


日本ではない。

会社もない。

満員電車もない。

上司もいない。


代わりにいるのは――

魔王、聖女、そして勇者。


冷静に考えると意味が分からない。


しかもその勇者が、昨日から魔王城に滞在している。


普通なら戦争が始まっている状況だ。

だがなぜか同じ城で寝泊まりしている。


異常にもほどがあった。


「早く帰りたい……」


誰にも聞こえない愚痴をこぼしながら起き上がる。


その瞬間――


ドゴォォォォォン!!


城全体が激しく揺れた。


「うわっ!?」


武はベッドから転げ落ちた。


棚の本が床へ落ち、天井から砂埃が降ってくる。


地震ではない。

異世界に地震があるかどうか知らないが、これは明らかに違う。


嫌な予感しかしなかった。


武は急いで部屋を飛び出す。


廊下には既に何人もの魔族兵が集まっていた。


皆、険しい顔をしている。


「何があった!?」

「敵襲か!?」

「結界はどうした!?」

「突破されたのか!?」


緊張が走る。


その時、一人の魔族兵が疲れ切った顔で言った。


「勇者です」


全員が沈黙した。


武も黙った。


数秒後――


「勇者かぁ……」


誰かが呟く。


敵襲より納得できてしまうのが恐ろしい。


再び轟音。


ドゴォォォン!!


今度は窓ガラスまで震えた。


「何してるんだよあいつ!」


武は頭を抱えながら訓練場へ向かった。


到着して最初に見たものは――


巨大な岩山が真っ二つになっている光景だった。


「……」


武は無言になった。


訓練場の中央。

勇者アレクが朝日を背に剣を振り抜いていた。


爽やかな笑顔。


その足元には粉砕された岩の残骸が広がっている。


どう見ても訓練ではない。

災害だった。


「おっ、おはよう!」


アレクが手を振る。


「おはようじゃないですよ!」


武は即座にツッコミを入れた。


「何やってるんですか!?」


「朝の鍛錬だ!」


「規模がおかしい!」


周囲の魔族兵たちが何度も頷く。


全員同じ意見だった。


しかしアレクは不思議そうな顔をしている。


本気で理解していないらしい。


「人間の国では普通なんだけどな」


「どこの戦闘民族ですか!」


「勇者の里だ」


「その里怖い!」


アレクは豪快に笑った。


魔族兵たちは引いていた。

武も引いていた。


そこへ聞き慣れた声が響く。


「朝から騒がしいと思えば……」


ルシエラだった。


黒いマントを翻しながら訓練場へ現れる。


その瞬間、魔族兵たちの背筋が一斉に伸びた。


空気が変わる。


魔王の威圧感は相変わらず凄まじい。


しかしアレクだけは平然としていた。


「おはようルシエラ!」


「誰の城を壊している」


「鍛錬だ」


「壊しているな」


即答だった。


武は心の中で拍手した。

完全論破である。


ルシエラは砕け散った岩山を見る。


額に青筋が浮かんだ。


「その岩は結界補強用だったのだが」


「そうなのか?」


「そうなのだ」


「悪い!」


謝罪だけは早かった。

だが全く反省しているように見えない。


ルシエラが深いため息をつく。


魔王なのに苦労人だった。


「武」


「はい」


「なぜ勇者はこんななのだ」


「僕に聞かれても困ります」


「それもそうか」


二人同時にため息をついた。


その時だった。


遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「大変です!」


一人の魔族兵が全力で走ってくる。


息を切らしながら叫んだ。


「ジェノアビートルが逃げました!」


訓練場が静まり返る。


武は嫌な予感しかしなかった。


「あの巨大なカブトムシですか?」


「はい!」


「またか……」


昨日の騒動を思い出す。


城内を走り回り、大混乱を引き起こした巨大昆虫である。


アレクは目を輝かせた。


「面白そうだな!」


「面白くないです!」


武は即座に否定した。


しかし時すでに遅し。


アレクは走り出していた。


「捕まえよう!」


「待ってください!」


勇者が一番危険だった。


数分後。


武たちは城内を走り回っていた。


前方にはジェノアビートル。

その後ろを追いかける勇者。

さらにその後ろを追いかける武。

最後尾には頭を抱えるルシエラ。


地獄の行軍だった。


「止まれぇぇぇぇ!」


アレクが叫ぶ。


当然止まらない。


ジェノアビートルは猛烈な速度で走り続ける。


途中で壁を突き破った。


ドゴォン!!


「修理費が!」


ルシエラが悲鳴を上げた。


魔王らしからぬ悲鳴だった。


武は少し同情した。


その時。


アレクが大きく跳躍する。


十メートル以上跳んだ。


人間の動きではない。


そのままジェノアビートルの背中へ着地する。


「捕まえた!」


勝利宣言。


だが次の瞬間。


ジェノアビートルが暴走した。


「うおおおおおっ!?」


勇者ごと突進する。


壁を破壊。

柱を破壊。

廊下を破壊。


城が泣いていた。


武も泣きたかった。


十分後――。


ようやく捕獲は成功した。


ジェノアビートルはぐったりしている。

アレクも床へ転がっていた。


「楽しかった!」


「僕は楽しくなかったです」


武は即答した。


周囲には破壊された壁が並んでいる。


ルシエラは無言だった。


逆に怖い。


魔族兵たちも視線を逸らしている。


その時。


城の外から鐘の音が鳴り響いた。


カーン――。

カーン――。


警戒鐘だった。


全員の表情が変わる。


今度は本当に異常事態らしい。


一人の兵士が飛び込んできた。


「報告します!」


「何事だ」


ルシエラが問う。


兵士は緊張した表情で答えた。


「北方監視塔より緊急連絡!」


「内容は」


「未確認の飛行魔物を確認!」


武は空を見上げた。


窓の向こう。

黒い雲の中に巨大な影が見える。


鳥ではない。

竜でもない。


それは――城ほどもある巨大な“何か”だった。


「おいおい……」


アレクが笑う。

剣を肩に担いだ。


「今度は面白そうだな」


「だから面白くないですって!」


武の叫びが響く。


しかし誰も否定しなかった。


全員理解していた。


平和な一日は、どうやら訪れそうになかった。


そして巨大な影はゆっくりと魔王城へ近づいてくる。


新たな騒動の幕開けだった。

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