第17話 勇者と甲虫の共闘
ドォォォォォン!!
二体のジェノアビートルが激突した瞬間、大地が揺れた。
巨大な甲殻同士がぶつかり合い、金属が砕けるような轟音が響く。
外壁の上にいた魔族兵たちは思わず身を縮めた。
「な、なんだあの威力……」
「城壁まで揺れてるぞ……!」
武も顔を引きつらせる。
「俺、あんなのと戦ったのか……?」
今さらながら背筋が寒くなった。
一方で当のジェノアビートルたちは容赦がなかった。
変異種が四本の腕を振り下ろす。
対する懐き甲虫も正面から迎え撃つ。
衝撃波が発生し、周囲の土砂が吹き飛んだ。
「うわっ!」
武は思わず顔を覆う。
その横でアレクだけが楽しそうだった。
「いいね!」
「よくねぇよ!」
叫んだ直後、アレクが地面を蹴った。
爆発的な加速。一瞬で二体の甲虫の間へ飛び込む。
「ちょっ!?」
武の声が届く前に、聖剣が振り抜かれた。
白銀の光が夜空を裂く。
ズガァァァン!!
変異種の身体が大きく吹き飛んだ。
巨体が地面を転がり、森の木々を何本もなぎ倒す。
魔族兵たちが騒然となる。
「吹き飛ばした!?」
「ジェノアビートルを!?」
「さすが勇者……」
武も驚いていた。
強いとは思っていた。だが想像以上だった。
「あいつ、本当に勇者なんだな……」
「今さらですか?」
フィリアが呆れたように言う。
「いや、普段がアレだから」
「否定できません」
ルシエラまで頷いた。
◇
吹き飛ばされた変異種はゆっくり立ち上がっていた。
だが様子がおかしい。
赤い単眼が不気味に光り、身体中から黒い霧のような魔力が溢れ始める。
ルシエラの表情が変わった。
「まずいですね」
「何が?」
「強化されています」
「え?」
「誰かが無理やり魔力を注ぎ込んでいます」
武はグレイザーを見る。
ローブの男は両手を広げ、呪文を唱えていた。
黒い魔力が次々と変異種へ流れ込んでいく。
ギィィィィィィィィ!!
咆哮。
次の瞬間、変異種の身体が一回り大きくなった。
甲殻には赤黒い紋様が浮かび上がる。
「巨大化した!?」
「やっぱり悪役だったな……」
武は頭を抱えた。
するとグレイザーが高らかに叫ぶ。
「見よ!」
誰も見ていない。
「我が研究成果を!」
誰も反応しない。
「究極のジェノアビートルを!」
アレクだけが手を挙げた。
「説明ありがとう!」
「聞くな!」
武が叫ぶ。
しかしグレイザーは気分が良くなったのか、一人で語り始めた。
「長年の研究の末!」
「うんうん」
「私はついに魔物強化技術を完成させた!」
「へぇー」
「聞くなって!!」
武はもう疲れていた。
◇
そんなやり取りをしている間にも、変異種はどんどん膨れ上がっていく。
やがて高さ十メートルを超えた。外壁とほぼ同じ高さだ。
魔族兵たちが青ざめる。
「で、でかすぎる……」
「勝てるのか……?」
ルシエラが静かに前へ出た。
紫色の魔力が周囲に広がる。空気が重くなる。
兵士たちが一斉に息を呑んだ。
武も初めて見る光景だった。
「ルシエラ?」
「少し本気を出します」
静かな声。だが底知れない圧力があった。
その瞬間、隣にいたフィリアも杖を構える。
「私も援護します」
聖なる光が溢れ出す。
勇者。
魔王。
聖女。
本来なら同じ場所に立つことすらありえない三人が、今は同じ敵を見ていた。
武は妙な気分になる。
「なんかすごい絵面だな……」
そこへアレクが振り返った。
満面の笑みだった。
「タケル!」
「なんだ!?」
「一緒に来る?」
「行かねぇよ!」
即答だった。
しかし次の瞬間――
懐き甲虫が武の服をくわえた。
ぐいっ。
「おい」
ぐいっ。
「やめろ」
ぐいぐいっ。
「連れていくなぁぁぁぁ!!」
武の悲鳴が戦場へ響く。
◇
その頃、グレイザーは初めて笑顔を消していた。
勇者。
魔王。
聖女。
さらに自分が支配できなかったジェノアビートル。
予想外の戦力が集まりすぎていた。
「馬鹿な……」
額に汗が流れる。
そして彼はまだ知らない。
この戦場で最も予想外の存在が――
武自身であることを。
次の瞬間。
武の胸元で、例のカードが淡く光り始めた。
◇
「……ん?」
武は胸元の熱に気付いた。
懐き甲虫が急に動きを止め、武の胸元をじっと見つめる。
カードが震えている。
《召喚条件一致》
《戦闘補助モード起動》
《対象:ジェノアビートル(友軍)》
「お、おい……まさか……」
カードが光を放つ。
懐き甲虫の身体が一瞬だけ輝いた。
そして――
その甲殻に、淡い紋様が浮かび上がる。
フィリアが驚きの声を上げた。
「強化……されています!?」
ルシエラも目を見開く。
「タケルさんのカードが……?」
アレクは満面の笑み。
「やっぱりタケルは面白いね!」
「面白くねぇよ!!」
武の叫びを無視して、懐き甲虫が咆哮した。
ギィィィィィィィィ!!
その声は先ほどまでとは違う。
力強く、重く、響く。
変異種が反応し、赤い単眼を向ける。
二体の視線がぶつかる。
次の瞬間――
懐き甲虫が地面を蹴った。
ドガァァァン!!
爆発的な加速。
強化された脚力で、一気に変異種へ突っ込む。
「いけぇぇぇ!!」
武の叫びとともに、二体の巨大甲虫が再び激突した。
轟音。
衝撃。
大地が揺れる。
アレクが聖剣を構える。
「タケル! 僕らも行くよ!」
「行かねぇって言ってるだろ!!」
だが武の足は震えていた。
恐怖ではない。
胸の奥が熱い。
懐き甲虫が、自分のために戦っている。
自分のカードが、仲間を強化している。
――俺も、何かできるのか?
武は拳を握った。
その瞬間、カードが再び光る。
《追加効果発動》
《友軍連携率上昇》
《対象:勇者・魔王・聖女》
「……は?」
アレク、ルシエラ、フィリアの身体が淡く光り始めた。
三人が同時に驚く。
「タケルさん……?」
「あなた、何を……?」
「すごいねタケル!!」
「俺が聞きたいわ!!」
だが確かに、三人の魔力が上昇していた。
武のカードが、戦場全体を強化している。
グレイザーが絶望の声を上げた。
「な、なんだその力はぁぁぁ!!?」
武は叫ぶ。
「知らねぇよ!!」
だが――
確かに戦況は変わり始めていた。
勇者。
魔王。
聖女。
そして武と懐き甲虫。
四つの力が重なり、巨大な変異種へと迫っていく。
戦場は、ついに本当の“共闘”へと突入した。




