第11話 聖女は魔王を疑っている
「――侵入者を確認しました!!」
魔王城に警報が鳴り響く。赤い魔導灯が廊下を照らし、兵士たちが慌ただしく駆け抜けていく。
「うわぁぁ!? またぁ!?」
武は思わず頭を抱えた。
「最近イベント多すぎだろ!!」
「魔王城ですので」
隣を歩くルシエラが真顔で答える。
「もっとこう……平和な日常パートとかないの!?」
「ありません」
即答だった。
ドゴォォォン!!
城全体が揺れる。天井から砂埃が落ち、武は思わずしゃがみ込んだ。
「ちょ、今の何!?」
「正門です」
「正門!?」
ルシエラはわずかに目を細める。
「勇者一行でしょう」
「来るの早くない!?」
「予定より二日ほど早いですね」
「宅配便みたいに言うな!」
そんなやり取りをしていると、黒鎧の魔族兵たちが駆けてきた。
「ルシエラ様! 勇者一行が第二門を突破しました!」
「被害は?」
「鬼兵隊が半壊しております!」
「……なるほど」
冷静だった。
だが武だけは違う。
「半壊って大丈夫なの!?」
「大丈夫ではありません」
「だよなぁ!?」
ルシエラは武を見る。
「タケル様は避難を」
「え、俺?」
「はい」
「いや待って、俺だけ逃げるの!?」
「当然です」
「なんで当然!?」
「タケル様は非戦闘員ですので」
「いやまあそうだけど!」
バキィィン!!
廊下の窓が砕け散った。全員が反応する。
砕けた窓の向こうに、一人の少女が立っていた。
白銀の髪。純白の法衣。細い杖。透き通る青い瞳。
「見つけました」
静かな声だったが、その場の空気が一瞬で凍る。
魔族兵たちが武器を構える。
「聖女……!」「なぜここに!?」
少女――聖女フィリアは魔族たちを無視し、まっすぐ武を見ていた。
「……え?」
(なんで俺!?)
フィリアは口を開く。
「あなたです」
「は?」
「強大な魔力反応の中心」
「いや知らない知らない!」
ルシエラが一歩前へ出る。
「聖女フィリア」
その名を聞いた瞬間、周囲が緊張する。
フィリアはルシエラを見る。
「四天王ルシエラ」
「侵入とは無作法ですね」
「魔王城に礼儀を求めますか?」
空気が重い。武だけが置いていかれていた。
(なんか始まった!?)
フィリアは再び武を見る。
「あなた……人間ですね?」
「え? あ、はい」
「ですが、異常な魔力を感じます」
「いや俺、一般人なんだけど」
「嘘です」
即答だった。
武は傷ついた。
「いや本当に!」
フィリアは一歩近づく。
「普通の人間が、魔王城の最深部にいるはずがありません」
「それは……」
武は言葉に詰まる。
ルシエラが口を開く。
「彼は我らが保護している客人です」
「魔族が人間を保護?」
「問題でも?」
フィリアは目を細める。
「……怪しいですね」
「お互い様でしょう」
二人の間に火花が散る(気がした)。
(怖ぇぇぇ……)
突然、フィリアの杖が淡く光り始めた。
「……っ!?」
ルシエラの表情が変わる。
「全員、下がってください!」
魔族兵たちが後退する。武だけが取り残された。
「え!? 俺は!?」
「タケル様もです!!」
「遅いよ!!」
武が下がった瞬間、フィリアの足元に巨大な魔法陣が展開される。
白い光。神聖な気配。空気が震える。
「浄化魔法――」
「ちょ待っ」
「〈セイント・ジャッジ〉」
光が放たれた。轟音。廊下の壁が吹き飛ぶ。
武は転がった。
「うわぁぁぁ!?」
煙が晴れると、ルシエラが黒い障壁で光を受け止めていた。
「……本気ですか」
「ええ」
フィリアの瞳に迷いはない。
「魔王級反応を確認しています」
「だから違うって!!」
ルシエラは魔力を放つ。廊下の温度が下がり、床が凍る。
「聖女フィリア」
「……」
「これ以上は戦争になります」
フィリアは黙ったまま武を見る。その視線は鋭い。
武は後ずさる。
(なんなんだよこの人……)
フィリアが呟く。
「……おかしい。魔王の気配なのに……人間?」
その瞬間、武の胸が脈打つ。
「っ!?」
視界が赤く染まる。
フィリアの表情が変わる。
「今のは……!」
ルシエラが武の前へ出る。
「下がってください」
「やはり……」
フィリアは確信したように杖を握る。
「あなたは危険です」
「だから違――」
その時、警報が鳴り響く。
『第三防衛線、突破されました!!』
魔族兵たちが動揺する。
ルシエラは舌打ちした。
「……面倒ですね」
フィリアは杖を下ろす。
「今日は退きます」
「逃がすと思いますか?」
「今はあなたたちと戦いに来たわけではありません」
フィリアは武を見る。
「また会います」
白い光と共に姿が消えた。
静寂。
武はへたり込む。
「……なんだったんだ今の」
ルシエラは険しい顔で呟く。
「最悪です」
「え?」
「聖女に目を付けられました」
「そんな有名人みたいに言われても!」
だがルシエラは真剣だった。
「……タケル様」
「な、なに?」
「しばらく、一人行動は禁止です」
「えぇぇぇ!?」
武はまだ知らない。
聖女フィリアが、すでに確信し始めていることを。
――彼こそが、“新たな魔王”かもしれないと。




