偶然なのか
「まだ生誕することを不安で迷ってるのもあるけど、現段階としては、俺は今の生活を続けていたい」
「不安ですか。確かにそれは急かせても変わらないものですね。それで今の生活、というのは……」
ヨクスが部屋の中を見渡す。来客の予定があるかに関わらず、俺はもともと物を多く持つのが煩わしくて、この部屋に来てから目立って増えたのは大学の教科書だけである。
「学びのため。素晴らしい目標です。たとえ何人であっても、その精神は侵害されるものではありません」
万が一にも、逃げのための言い訳だと責められかねないかと思ったが、ヨクスは無理にでもやめさせることは間違っていると、寛大な対応を見せる。
嫌われたくないための方便であるとも考えられるが、興奮して激情もしない辺り、まだ論理的というか平静は保てているようだ。
「大学の方は忙しいのでしょうか? こうして会うことが出来るのは短い間ですし」
大学に関わる話題でヨクスがとりとめもない質問をする。
「ああ、平日は基本朝から講義が入ってて、あと集中するためにも課題とかは大学で手をつけてるから早起きを続けるためにも夜はすぐに寝たいし」
「きちんとした生活を送っているんですね。ただ……ご飯の方は心配ですが」
料理の得意なヨクスでなくとも、片付いているわけでなくなにもかもまっさらな台所が、日常的に使われていないと察することができただろう。
「ははは……たまには野菜は食べてますよ。それに俺はもともと痩せてて体型変わりにくいんで……」
「む。野菜もですが、何よりバランスですよ。食べ過ぎず、満遍なく何でも食べることです」
お節介を焼いて唇を尖らせるヨクス。人差し指を立ててそれを振る仕草はなんとも可愛らしい。
「そうだ、まだ聞きたいことがあるんですよ」
それから、ほとんど俺の大学生活についてのことばかりだったが他愛もない会話を続けた。俺とは関係の無い、大学で流れていた噂話や人づてに聞いた小さな揉め事の話なんかまで飽きもせずに。
そうしている内に昼を少し過ぎてしまって、長居をしてしまったとヨクスは席を立った。
「クラッキー。また明日来てもいいですか?」
玄関で靴を履いた後、明日の約束をしようとする。
「……俺なんかと話してても、なにもしてやれない……」
何気ない会話を通じて俺は求められるままに口を開いた。冗談を言ったり、おちゃらけたりするような仲ではなかったが、俺自身、悪い気はしなかった。
けどヨクスは。
俺が、すぐには神として再誕する気は無いことは、きっと想定できることだっただろう。そして暗にこうとも言った。いずれ覚悟が決まることがあるだろうが、その時にはヨクスに頼みたいとは考えていないと。
始めにそう話してからヨクスは強がっていた。なるべく神に関する話題を避け、珍しく身振り手振りが大きくなっていた。
はっきりと言い放つのが彼女のためだったのか。ここから、なされるがままに接してやり気づかせてやるのが彼女のためだったのか。だがやはりこれ以上は、俺なんかが弄ぶような真似はしてはならなかった。
「……クラッキー。私はあなたが好きです。大好き」
「でも……」
「いいんです! ……いつか、いつか絶対に惚れさせてみせますから、ね」
「惚れさせてみせる、か……」
まだヨクスは契約を諦めていない。何がそこまでヨクスを突き動かしているのか不思議であったが。
自分なら、と目を閉じてヨクス同様の立場を思い浮かべてみる。
誰かを好きになっている。と、そういえば俺だって同じだった。突如夢の中に現れた、話したことも無い少女のことを、運命の相手として盲信していた。
根拠だって、誰に言われたわけでもなく、不可視の、強大で緻密な運命の力によって、結ばれるべきだという、まだそうだとは認めていないが「巡り合わせ」を馬鹿には出来ないものだ。
偶然なのか、ヨクスにアーリン、ここを訪ねてきたもう一人の女神は運命の少女を思わせる琥珀の目を持ち合わせている。言い方が悪いがこれが厄介なものとなっている。初めに夢の中で会った時、少女と、ヨクス達のものでもある共通の琥珀の目によって、余計な考察を生むこととなった。
同じ身体的特徴を持った女神が続々と現れたのには偶然ではなく、裏でこれらを導く力が働いている可能性を疑わなくてはいけない。
まず、顔を合わせている俺とヨクスとアーリンだが、まずヨクスが俺のもとを訪ねてきてから、その後にアーリンがここを訪れて二人が鉢合わせた。たしかその時、アーリンもヨクスも互いがこの部屋にいるということをあらかじめ知らなかったようだった。
俺が察した、神同士で起きることは、まず実際に見てみれば人の形をしていても、相手が神だと確認できるということ。そして見なければ近くにいることはわからないようだ。一方で転生者である俺のことは存在を探知できるらしい。こうして俺の存在が仲介することでヨクスとアーリンがつながることとなった。
しかし、今日はアーリンは来ないのか。
一応待ってはいたが、考察をしている間も、夜がふけた後もアーリンは来なかった。




