キープ?
出不精である俺は家から一歩も出ずとも苦痛ではなかった。それに、連絡手段も無い女神様達のことを考えると、あーだこーだ話し合う手間が煩わしかった。時刻は7時を回って休日であれ、目を覚ます人間がいてもおかしくはない時間帯となる。
そう考えているわずかな時間にインターホンが鳴った。ヨクスなんだろうが、昨日よりもずっと早いな。
「あっ、おはよー。いやー、わりぃな。こんな早くに」
扉を開けたのはアーリンであった。相変わらずのよく張った声で元気の良さを感じさせる。何か特別な事情も無さそうで、朝早くからの訪問を詫びた後、部屋に上がった。
「早速だけどさ。一言だけ謝らせてくれ」
俺が勧めた場所に腰を下ろす前にもじもじと指を組んでペコリと頭を下げた。
「昨日、私もここに来てたんだけどさ。ヨクスよりもずっと後に……いやー、寝坊してしまって。あはは」
「ああ、確かに割りと昨日はいつ来るかわからなかった節はあるな」
「それでだな。ここって壁薄いみたいで、ちらっと話を聞いちまって……なんかダメみたいか? ほら、前はヨクスがこんな声張ってなくて、場の空気がな……」
当事者でなくともあのヨクスの異常に気づいたようで、改めて今の関係を案ずる。
「クラッキー……そんな辛気臭い顔するなよ! ヨクスには悪いけど、この私がいるからな!」
そう言い放った後、アーリンはその場に正座をし、目を閉じて顎を少し上げた。
「……いや、ごめんなさいなんだが」
「ええ! どういうことだよ!?」
アーリンにも今一度俺の考えを話して、ただ今は保留中で、アーリンには必ず待っていてくれとも待たなくてもいいとも卑怯ながら断言しないようにした。
「えー……てか、もしもその時になったらどっちにするんだよ。なに? キープってやつか? あ?」
アーリンもアーリンで口が悪くなっている。また怒らせた。
そりゃあ端から見れば、好きなときに決められるから好き勝手に弄んでるようにも捉えられても仕方はない。
「アーリン、俺は……だな……」
「クラッキー。あのな、そうやってことなかれで済ませようってのは優しさじゃないからな。はっきりとフれ。好きになったからには傷つくのも覚悟してるぞ」
アーリンの目は心を見透かしているように、図星を突いてきた。今対峙している女神は、女神である前に一人の女の子であった。そしてその女の子は俺が思っているよりもずっとずっと強い。
太陽が西から東には沈むことはこの先無いが、こうして誰かに好きになられることは現にこうして起きている。俺はこれまで生きてきて、最悪の選択はしないようにしている。ここでは沈黙したまま、がそうだろう。それよりも良い選択、行動はきちんとフってやることだった。
「アーリン、この先どうなろうと契約は頼まない。だから早く俺のもとを……」
「嫌だ!」
どうしてだ。流れ的にそこは甘んじて受け入れるところだろ。
「まだ2日しか顔合わせてないんだぞ? こっちが惚れたからって大して私のことも知らずにフるなよ!」
「いやー……むしろその短い間にここまで言わせるほど濃厚な付き合いだったと思うぞ」
「まずは約束してたデートをしよう。親睦を深めるにはそれが一番だ」
前の約束とは言っても俺が転生者云々であるとかのどたばたであの場ではなあなあになっていたもので、アーリンに言われてじわじわと思い出した。
「……わかった。デートはさせてもらうよ」
アーリンほどの可愛い女の子とのデート、まず、デートですら初めてであったがそう難しいものではない。初めてだからこそ、俺の素を見せて、へえへえと媚びなければ、すぐにつまらない、気持ちよくさせてくれない男だとうんざりとしてくれるだろう。自慢ではなく自虐だが、幸運にも交際経験が無かったために、俺が望む通りに自然に拙く振る舞える。
「今日はヨクスと約束してんの?」
「ああ。これから一応会う予定だ。……アーリン、だからデートはまた来週ってことで構わないか?」
ヨクスの約束を破るわけにはいかないし、アーリンに言われた通り改めてヨクスにハッキリとした返事をいち早くしなければならない。
いや、アーリンにも好意が無いと言っておいて、ヨクスの知らないところで形だけでもデートなんてしてもいいものか。食事は振る舞ってもらったが、あの時だってアーリンが乱入してきてうやむやになってた。
ピンポーン。
そう。こうやってインターホンが鳴って。
「あ、多分ヨクスだな。私が出るよ」
「待て待て待て! いきなりアーリンが出たら……その、多分荒れそうだ。俺が出るから」
全く、神様というのはどうしてこうもインターホンに抵抗が無く、馴染んでいるのか。
「ヨクス……まずはおはよう。あのー、今さ、ちょびっとだけアーリンが話しに来ててもうすぐ終わるから、んーと……」
仕方がないこととはいえ、外で待っていろとは言えず、アーリンとヨクスの板挟みに嫌な汗が湧いてきて、最適な選択が思い浮かばない。
「アーリンが。そこに。いるんですね?」




