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いざ出発

「ヨクス……さん? あの、だからすぐに済ませますから……」

 俺は今、無理やり部屋に上がろうとするヨクスを必死に説得している。

「はい。私とて他人の真剣な話を邪魔しようとは思いません。が、クラッキーのそういう態度はやましいことを隠しているようです。まあ、アーリンに振り回されていて困惑している、誤解を生むような場面を見られたくない、ですかね」

「なっ……まるで見てたように……そうだ、ここ壁薄いからか!?」

「さてどうでしょうか。そんなことより、アーリンがそこにいるならすぐに妨害しなくてはいけませんね」

 ヨクスは適当な理由をつけて家に上がり、その、俺をめぐる争いでアーリンよりは優位に立っているかのような余裕の態度に不穏な予感はせずそのまま通してしまう。

「……ヨクス?」

「はい? どうしました?」

「……いや、なんでもない」

 一日が経って普段通りのヨクスに戻っていた。強かに見えて、恋敵のアーリンには対抗心を燃やす、アーリンとはまた違う人間らしさと、活力に満ちている。

「やっぱヨクスだったな。先にお邪魔してるぜー」

「……お久し振りですね。お元気そうでなによりです」

 挨拶をするのはもちろん欠かしてはいけないけど、いざ女神同士が対峙をするとアーリンのそれは牽制にも聞こえて、対するヨクスの返事は仮面のように変わらぬ笑顔も相まって、確実に言葉通りのことなど思ってはいないはずだ。元気なのはいいが、悪い意味で生き生きしているな。

「でさ、デートなんだけど私は今日にでも行きたいんだけど」

「……デート?」

「わー! 違う違う、デートは恋人同士がするものであって、これはただの一緒に出かける約束だったろ? 友達として、友達としてだ」

「なんだよー。そんなこと言ったら、ヨクスがついてきてもいいってのか?」

「へ? 私がどうして?」

「……例えそうだとしてアーリンはそれでいいのか?」

 両方とも一旦は告白の返事が済んで、結果、親しい友人以上の関係には進展せず、現状、見合いで顔を合わせた後の交際期間らしくなっている。

 交際とするならば、心に決めたパートナー以外に浮気をしても、倫理的には非難轟々だが、人間の決めた法には罰せられない。

「ヨクスがいいならいいぞ。ただでさえ貴重な時間なんだし、私にはまだクラッキーを独占する権利も無いしな」

「あの。おっしゃりたいことはわかりましたが……こう、どこか『譲歩してやっている』という感じなのは気のせいですかね……」

 アーリンは闘争の神としてなのか、敵対しているヨクスをいかにして土俵から弾き出し、闘わずに済むかではなく、あくまで正々堂々を貫こうとしている。言い方は狙ったわけでなく誤解を含んでしまったが。

「そんな変なこと言ったか? で、クラッキーの答えはどうだ?」

 ヨクスにアーリンがいて、どちらの気分も比較的良い状態。まだ一日は始まったばかりで時間はたっぷりある。

「ああ、俺はどこでも付き合わせてもらうよ。ヨクス。昨日確かに約束したのはヨクスなんだし、どうするかは決めてくれていい」

「はあ。……もちろん行きますよ。みんなで」

「おーし! いい返事だ! ほらほらクラッキー、準備だ準備」

 アーリンに促され、さっさと着替えを選んで脱衣所の方で出かける準備を済ませた。

「しかしどの辺りまで足を伸ばすのか……電車に乗るにしてもあの女神様達が金を持ってるようなイメージも無いし、かなり行動が制限されそうだが……」


 居間に戻った途端、アーリンは待ちかねたようにばっと立ち上がる。ほんの数分が待ち遠しかったようだ。

「戸締まりするから先に出ててくれ」

「はい」

「はーい」

 ぞろぞろと部屋を後にするヨクスとアーリンを見届けた。


「ちょっと待った!」


 初めてアーリンの背中を見たが、大胆に開かれた衣服はむちむちと女の子らしい脇から肩甲骨まで凶器のように目に飛び込んでくる。

 あんなので出歩かれしたら目立つに決まっている。

「これ着てってくれ。こっちだとそのままじゃ……目立つ」

 クローゼットにかけてあった黒いパーカーを手に取って差し出した。一応有名なブランドのもので、猪のような生き物に翼やら角、巨大な尻尾まで生えた異形の生物のロゴが胸元にあるものだ。

「おー! カッコいいな! んじゃありがたく」

 サイズはやや大きかったが、着る分には支障無いようで満足した表情で部屋を後にした。

「いいなぁ……アーリン」


「まずはどこにいく? 任せちまうけど」

 任せる、などとは言ったが、これは俺の勝手な理想的デートのイメージの逆を意識した、積極的なリードをしないようにする考えであった。まあそもそも女の子をああだこうだと楽しませるために連れ歩くのも恥ずかしくてできやしなかったし。

「んー、『人の依る(しるし)』に行くつもりだけど」

 それは神の言語のようだ。なんの検討もつかない、不気味ではないがそわそわと背中をくすぐる響きの。

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