いざ出発2
「あの、アーリンちょっと……」
アーリンの神の言語を聞くなりヨクスは困惑した様子でアーリンの服の袖を引っ張って俺から離れていく。
「クラッキーはまだ人間なんですよ? 『人の依る標』を使うのは如何なものかと……」
「でも足なんてそれしか無いしよ」
「出かける、なんて言うからまさかとは思いましたが……」
「デートな」
「ち、が、い、ま、す。私もいますからね?」
「まあ落ち着け。それならクラッキーが神になっちまえば問題無しだ。んーと、キセイジジツみたいなやつだよ」
「はい。既成事実であってますよ。ですが……クラッキーが知らぬままに責任を負わせるわけには……」
「弱気だな。フラれたのがそんなに効いたか」
「フラれてなんかいませんからっ!」
「まあ、いずれは神になるのは決まってるんだ。だとすれば今この時だって私とクラッキーが結ばれるための過程であって、無駄には出来ない時間。そう信じてる」
「……か、勝手にクラッキーの運命を決めないでください! わかりました。ならば、クラッキーの巡り合わせの相手は私だって証明してみせますから」
「いいや、私だね。どういうことかは知らないが、巡り合わせは本来一人と一人だ。私とクラッキーのな」
「話は終わったか?」
やはりヨクスに何も言わずにアーリンと同行させることは無茶があったみたいで、口論の末、ヨクスの頬は赤く染まっている。
「うん。そんじゃ、『人の依る標』まで行こう。歩いてもすぐに着く」
「それなんだが、ウサギヤマ、って神社のことか?」
この辺りの施設でウサギヤマなどと言われたら、思い浮かぶのはその神社しか無かった。
「神の社、ですね。その通りですよ」
回りくどい言い方だが、さっきの神の言語は神社のことだったらしい。神からしたら俺たち人間とはまた違う目的の施設なんだろう。俺も神らしいけど。
ウサギヤマ神社のことは知っているが、今の部屋に越してきてから一度だけ通りすがっただけで長い石段があったのを見たきりである。
道中は俺のアパートから神社までの裏道に詳しいアーリンが先導をした。俺は大体の位置はわかっていたから未知の道であっても要所で目的地が近づいているとそれとなく感じ、たまに意外な経路を辿る時は、へえ、と声を漏らしていた。そして俺の前を行くヨクスも俺と同じ反応をしている。
なぜアーリンがこの辺りの道に詳しいのか。そもそもアーリンにヨクスも毎度どこから来ているのか。どうにか尋ねてみようとしたが、いつかでいいだろうと考えている間に長い石段の前に到着した。
「うおー……まあまあ長いな……」
数ヶ月前に見たきりの、目の前にそびえる石段を改めて見ると溜息が漏れる。
「早く早くー!」
アーリンの駆け上がるように促す、期待し続ける目に抗えず息を切らして、かきたくはない汗をかいてしまう。
初めて見たウサギヤマの神社は、想像していた通りの、賽銭箱を目の前に構えている本堂があるものだ。
ただ一つ変わっているのは、敷地内に静かに座している巨岩が目につく。
「何やってんだ? こっちこっち」
「え、ああ。なんだ2人こそ。お参りでもするのか」
巨岩に近寄った俺とは違って、賽銭箱の前に揃って佇む2人。企画したアーリンだけでなくヨクスまでならってそうしてるのは、ここで何をするか、を知っているからだ。
「クラッキー、手をとって」
恥ずかしくてゆっくりと右手を近づけていると、アーリンの方からがっしりと握られた。
「……ヨクス?」
すたすたと後ろを通ったかと思うと、黙って俺の左手の方を握る。手をつなぐのはアーリンではなくともいいらしい。
「絶対離すなよ」
なんでだと聞く間も無く、アーリンの体が突如として光り輝き出した。と、思ったら手をつないでいた俺の体も、ヨクスの体も同じ光に包まれている。
「んんんっ」
狼狽えていた俺が手を離しそうになり、目を閉じて何かを堪えていたアーリンはむっとした感じで唸って、再度手を握り直す。
やがて目も開けられないほど眩しくなって、瞼越しに感じる刺激が収まると恐る恐る目を開いた。
まず目に入ったのは朝焼けみたいな、ぼうっと足元だけが明るい一面の空。目の前から消えた神社と太陽から、なんとなくどこかに移動したのはわかった。足の裏からも石畳の感触が無くなり、金属を弾いているような足音になんの疑いも無く足元を見た。
「……うおっ! ……な、なんだ?」
雪の結晶形の巨大な足場。赤と金色で豪華に装飾されていた内の一つの枝の上に俺はいた。そして眼下には広がる雲に覆われた青い海と、視界に収まるほど遠く離れて小さくなった大陸が見える。
「空……空の上か……」
高いところはある程度平気だったが、流石に腰の後ろ辺りがひやりとしてその場でうずくまる。
「ここは神の世界と人間の世界との狭間。いわゆる港だな。まだこっから移動だけど、ここもまたいいもんだろ?」




