なんたらの意味
遥か上空から見た人間の世界は、まるで突如として命を落としてしまったかのように錯覚してしまうほど、浮世離れしたものであった。怖いもの見たさでぼうっと見下ろしていると、アーリンは心配して手を開いて目の前で動かしてきてやっと現実に戻る。ヨクスも心配して体勢を低くして顔を覗いてくれていた。
「ほら。あれが神の世界への入り口で、下は逆に人間界に行くやつな」
結晶の中央にはぽっかり穴が空いていて、虹色の輪がその上に浮いている。近づいてみると、陰に隠れていたその下の虹の輪も見えた。
「……人間界って、またあそこに戻るのか? な訳無いよな……」
確かアーリンはここも中継地点に過ぎないと言っていた。神社からこの、強いて言うならば「港」に来た。ということは。
「うんたらかんたら、ってのは神社のことで、それの間で行き来ができるのか」
「察しがいいですね。『人の依る標』は必ずしも神社ではありませんが、人々の神への信仰が募るもののことで、神が降臨するための、しるしの機能を備えています」
「信仰に、降臨か。確かに人間と神との関係と言えばその通りだな」
「そう! さあさあ、もう一回だ。飛び込むぞ」
右にアーリン、左にヨクスの隊列を今一度取り、異世界の狭間である穴の淵に立つ。
「アーリン、ちなみにどの辺りに行くのでしょうか?」
「オセアニアらへん」
「……オセアニアって国外か!?」
俺が突っ込んだ時には既に間に合わず、空中で必死に両の手に力を込めることしかできなかった。
ああそうだ。相手は神様で、何もかも人間の俺とは規模が違うんだ。ついさっき見た壮大な景色が当たり前なんだよな。
視界が虹色の光でいっぱいになり、またか、と目をつむるが、それよりも落下している最中の、柔らかい風の壁に当たったような未知の感触にびくりと肩を強張らせた。
頰をくすぐり、音を立てて木々を揺らす風と土の香りが感じられた。無風、無音、無臭の空間であった世界の狭間から移動をしてきたので、今立っている場の環境が一層際立った。
「どうだ? 私のお気に入りの場所は」
目の前にあった人の背丈ほどの石の祠がなんたらであろう。ひらけた高台にあったその祠の向こう側には青い海と水平線が見えた。
「はー……きれいなところだな……」
ほんの十数分の間に目まぐるしく変わった景色は、俺に感動をさせる暇も与えてくれず、空っぽになった頭では遠くに見えた水平線に吸い込まれてしまいそうになる。
「もっと近くで見てみよう。森の中も見て回ってさ」
「あ、ああ」
俺は依然として、自然体のままでいられている。それはいい意味では無く、想いを寄せた相手が求めているものを察知しようと気を張らず、一挙手一投足をただ眺めているだけで、触れずとも動かずとも満足な、呑気に生きているだけの体勢だ。
アーリンが先導し、俺の三歩後ろをヨクスがついてくるという妙な小隊は、人の気配の無い静かな森の中を進んでいる。
「なあ、さっきの祠がなんたらだとして、ここはえらい静かな場所だな」
我が家の最寄りのなんたらは一応住宅街の中であり、人々の信仰が集まりやすそうだなと安易な考えが浮かぶ。それと比べるとあの祠は参拝者が立ち寄っているように思えず、寂れているように見える。
「ここは無人島だよ。けど毎年神に捧げるための祭りが伝統的に行われてて、神と人の間でしっかりした関係が築かれてる」
「なるほどな。そういう慣習さえできてれば降臨用の機能は備わる」
「うん。もちろんそれも大事だけど、クラッキーさ、もし誰にも咎められないとしてわざわざあの祠に悪戯しようとする?」
「なんだ……悪戯ねえ。いやぁ、したいとは思わない」
「なんでだ?」
「なんでって、子供じゃあるまいし、ばちも当たりそうだ」
「うん。ばちが当たりそう、っていう考えはクラッキーみたいに今でも受け継がれてる。それは法律みたいな決まりじゃあない、先祖からの教えとして知らない間に身についてる良心だ」
「確かに言われてみれば……根拠も無いのに不思議と大切にはしてたな」
「神様は確かにいるぞー。ほら、目の前に」
女神様は、にっと笑ってツインテールを揺らしながらその場でくるりと回る。
人類が誕生し、その長い歴史の中で神という存在を垣間見る瞬間は数多くあったであろう。だがUMAらしく、信じる者も信じない者もいて、その存在を裏付けられてはいないことから、今のアーリンみたく互いを知るまでおしゃべりするなんて事は叶わなかったようだ。
だが、ヨクスとアーリンを知らぬままであった俺でさえ、なんたら特有の「神の気」を察することのできていたのは、アーリンの話もまとめると遺伝子レベルでその身に刻まれた、いわば体の一部となっていた信仰心のためと捉えられる。
「おーし、話はまだまだしたいけど、そろそろいい眺めのとこに着くぞ」




