謎の女神降臨
目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまった。
昨日は夜更かししたくせに、なかなか寝付けなかったし、早すぎるがこのまま大学に向かおう。朝飯は……コンビニに寄る時間もできたし、コーヒーだけでも買っていくか。
今日はヨクスもアーリンも家に来ることはない。今俺はしばらく落ち着いて考えたくて二人に会いたくなかったし、何より今日は落とすわけのいかない講義があったのでどちらにせよ俺一人の日になることとなっていた。
大きく寄り道をすることになるが、大学から離れているコンビニの方が空いていて在庫も多い。わざわざ時間をかけたが、店の前でようやくあることに気づく。大事な学生証も入っている財布を忘れていたようだ。
朝食を諦めて、駆けることなくアパートに戻ると、見覚えの無い住人を見かけた。俺以外の若い人間がいたのなら既に把握しているからだ。濃緑のロングコートを羽織っている、小さな女の子のようだ。
……俺の部屋、だよなあそこは。
俺には兄弟もいとこもいない。妹や姪の可能性も無い。だとすると、その女の子は部屋を間違えているらしく、誰もいない部屋の前でじっと立ち尽くしている。仕方ない。悪いがどいてもらうか。
後ろから特に足音も消さずに近づくが人形かと思うほど後ろを振り返ることもしない。
「えーと、ごめん、ちょっといいかな?」
……。
聞こえなかったのか。肩でも叩いてみようかと思うが、このご時世、幼い子に話しかけるだけでも危険に思われてお巡りさんに通報だってされかねない。よしもう一度。
「クラッキー……」
少女はぼそぼそと何か呟いている。小さすぎてうまく聞き取れないが、俺の声が届かないほど思い詰めている。こんな朝から大事な約束か何かをしているのか。
俺はもう一度声をかける。
「もしもーし……」
「え? ……あ、あ……あああ……」
「あ」
もう一度声を張ってみると、まず人影として俺を認識した。その後に振り返って顔を合わせると、部屋の扉を背に目一杯後ずさり、狼狽えた。そして俺も女の子の目を見て声を漏らす。動揺で揺れている琥珀色の目だ。
「どうしよう……」
最近話したことのある唯一の女性であるヨクス、アーリンに比べるとおとなしい雰囲気の子だ。よく見るとその瞳は弱々しく涙で潤んで、もじもじと俯いている。
「まさかだけど、君も神様か」
今でも馴染みの無い目の色に反して、言葉による意思の疎通が可能である。うまく言葉にはし難いが無意識の中の俺の前世が神同士の親近感を湧かせているようだった。
「……ごめんなさい。その……今は迷惑だったよね……」
「迷惑? ああ、一応急いでるから話は聞けないけど、そのだな、アーリンと同じ……契約をしに?」
「契約、はする気は無い」
重そうな口を開いて途切れ途切れに言葉を紡ぐ。契約を知っているということは神である可能性は高い。しかし、知ってはいるもののその意思は無い。ならなぜ、ここに。ここに来たからにはこの俺に少なからず用があるはず。
「……クラッキー……」
か細い声で転生前の俺の名前を呼ぶ。
「……別に、何もする気は無い」
何も、という割にはきっぱりとはせず、ぐっと感情を抑えた口調だ。
困ったな。用事が無いのに、ここに来るなんてことは考えづらいし、何か言いたげだ。
「あー、とりあえず財布だけ取らせてもらっていいかな?」
ひとまず、占拠していた扉の前に割り込ませてもらい、どれかの上着の中に入れっぱなしにしていたであろう財布を探しに部屋に入った。
時刻を気にしつつ無事に財布を見つけると、今一度玄関の少女の様子を横目で伺う。すると、興味津々に部屋の中を覗いていたようで、慌てて扉の陰に隠れた。
目的はなにか知らないけど、話はこっちから歩み寄ってでも聞かなくちゃいけないな。仮に契約だとしてもあの子も「運命の相手」じゃないみたいだし。
「ごめん、俺は少しだけ戻ってきてただけだからさ。昼過ぎぐらいまで帰れないんだ」
「あ……うん、わかってる、じゃなくて、そんな感じはしてた……」
「うーん……また戻らせるのも手間だし……店で時間を潰すなんて出来ないよな」
「大丈夫、もうここには顔出さないから」
「いやいや、そういう話じゃない。用事があるんだろ?」
「う……その……」
「って、やばっ。こんな時間だ。とにかく今日でもいいから必ず来てくれ。それじゃあ」
俺は慌てて戸締まりをして、いつものように鞄の外ポケットにしまうと、強引に約束を取りつけて猛ダッシュで大学へ急いだ。最悪ヨクスかアーリンに聞けば珍しいらしい琥珀の目から特定もできるだろう。
「あのっ、鍵、鍵を……落としたのに……」




