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一番穏便に済ませるには

 話したことも無い人間から得られる唯一の情報はその雰囲気だ。

 端的に第一印象のことだが、見た目と、その振る舞いで一方的にその他人を評価する。

 俺は前まで、恋愛が始まるのはその第一印象で決まると考えていた。まず、ある一人の異性に興味を持つところから、どう関係を育んでいくかが恋愛なんだと。

 今はこうして駅前の人の波を眺めているが、声はかけないものの、つい目で後を追うような人間は誰一人として見つからない。いつまで経ってもただの雑踏に過ぎない人間だけが溢れているだけだ。

 この先、関わり合わなくともなんの障害にもならないであろう俺にとっての有象無象。

 話した記憶が無ければ。俺の前世に深く関わる、神でないのなら。

 ヨクスもアーリンもその有象無象に過ぎなかっただろう。

 恋愛にはもちろん興味はある。つい昨日のこと、ヨクスと初めて会った時は溜息を漏らすほどのその美しさを頭の中にしっかりと焼きつけ、たった今直面している問題を切り出されるまで腑抜けた顔を晒していた。

 けどその日の夜に何かが狂い始めた。

 俺は夢の中でまで少女と出会い、俺を誘うその声に、伸ばされたその手に無性に惹かれた。顔はよく見えなかったし、服装だって覚えていないし、頭の中で光景こそ浮かぶもののそれを正確に第三者と共有できるように伝えることはどうしてもできない。

 ただの夢、一時的にしか過ぎない胸のざわめきのはずであったが、もう一度顔を合わせたヨクスに恋愛以上の興味を失せさせるほど胸の中に深く刻まれた。

 アーリンですらも有象無象に過ぎないと言ったが、俺はどういうことか夢の中の少女を好きになってしまった。そしてそれは俺の考えていた一目惚れなんかじゃあなく、この世界にある目には見えない強大で緻密に設定された運命の力を感じた。


 日が落ちて、何の収穫も見込めない駅前での物色を切り上げた。家に帰って、晩飯も食べて、明日の朝一の講義のためにももう休んでもいい時間であったが、今日だけはどうしても夜更かしをしていたかった。絶好の天体観測日和であったから。

 窓際に身を乗り出して、見上げた澄んだ夜空には雲ひとつ無く、肉眼であるために特に輝いていた星に限った話だが、十数は確認できた。そしてつい手をかざしてみて銀幕の名優にでもなったように眉を潜めてみた。すぐに馬鹿らしく感じて、一笑の後に手を擦り合わせてそわそわを解消する。

 大して俺は星座に詳しくはない。有名な、誰でも知っているものをあれか、と独りで判断して独りで満足していた。ただそれだけで、語らう友が居なくとも、自分が唱えられる言葉が増えずとも、気持ちは満たされた。そんな小さなことが幸せだって、生きてるのは楽しかった。

 神になってもこれぐらいの趣味は続けられる。けど、人間としての「夢」は叶わない。

 あの輝く空にどんな形でも俺の足跡を残すのが、俺の夢になっていた。まあまだ曖昧で、機械は好きだったし、シャトルまではないが人工衛星ぐらいには携わってみたいと、密かに抱いている。誰かを感動させられる力強さが無い、中身の薄い人間性が透けて現れている夢だとはわかっている。けど迷ったときの弱ったときの俺の立派な拠り所だ。

 俺は多分、死ぬ時に泣くほどの未練は無いだろう。けどだからといってこの世を大嫌いだということもない。つまりは、望んで人間をやめるほどこの世に絶望なんかしちゃいなかった。好きなことも、夢だってある。

 そんな人生には二度と戻れず、今後のあらゆる生活で互いを求め合う新たな生涯のパートナーにどちらかを選ぶのか。


 その前にいつでも目の前にちらつくあの子のことを把握しておかなくては。

 得られたのは黒髪と琥珀の目という情報だけ。しかも琥珀の目は神特有のものでは無いという。まさかこの世でこの先に巡り合う子なのかも不明。人間か神か、神でなくては神特有の気配を知ることができないのが難点だ。会話だって、自らの名前も、神だと名乗ることもなくただ俺の名を呼び続けていただけだ。


「クラッキー」


「クラッキー」


「クラッキー」


 そう。クラッキーとだけ。


「あ……俺のことをああ呼ぶのは神しかいない! それに名前だって……」

 まずいな。きっとあの子は神だ。それに名前も知られている。これは転生前の記憶か。もしも存命、いや、きっとそうだ。ならばヨクス達のように今後この家に来る可能性がある。仮にそういう関係だったとして、今一度そうならなくては。まさか、これが「巡り合わせ」か。


 その子を信じて待つから、ヨクスもアーリンも頼みは聞けない。神様には代わりにしてもらうから、婚約は出来ない。

 そんなことを言ったら神界で顔を合わせたときはただで済まなさそうだ。

 仮に来なかった場合に、どちらかと契約をして神界に行ったとして、その子と出会ったら。

 契約の破棄は可能なのか。あの子と会うために、妥協で契約をした、利用させてもらった、もただでは済まなさそうだ。

 どうにかしてあの二人をフらなくてはいけない。


 違うな。フられればその後に誰と結ばれようが責められるいわれはない。

 ああ、でもそもそも神になる前提で話が進んでいる。まだ何もかも決まっていないんだぞ。あの子と結ばれるために神になる、なんて、いつから俺はそんな恋愛脳になった。まだ恋愛に対してはそういう恥じらいもあるしこれが普通なんだよな。

 頭が混乱してきた。もう明日に考えよう。

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