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ここ一番の決断

「クラッキー、私は……」

 目に見えて不安そうな顔をする。

 俺がそういう顔をしていたから、反応は思っていたままその通りだ。

 顔も、声も違う。その上愛した相手の顔もハッキリとしていない。

 もしかして、気を抜いてしまったら、まさに一生に一度お目にかかれるかどうかの美貌を持つヨクスに気持ちが移ってしまうかもしれない。

 しかし頬を泣き濡らしたヨクスの姿を見て、それはただの哀憐の情に過ぎないと悟った。何もかもが華奢なその体を、子供のように弱々しい泣き顔を、雄として体の芯に備わっていた生殖本能によって狙い澄ましているというのが真実である。

 壊れたものは直さなければならない。

 俺がこのままでは、ヨクスやアーリン、ギアピーネに迫られるままに結ばれてしまう。だがそれは彼女らの本当の気持ちではないのだ。たとえ三つに分かたれようと健在であるイーアスのものに過ぎなかった。

 彼女らは存在してはならない。破壊神であるこの俺と同じ次元に生まれ、生きていることが罪である。そう自分に言い聞かせ続けた。

 それだけでない。甘やかしたままでいれば間接的にイーアスを殺したままになる。


 力が欲しい。

 太陽を。温かく、光輝く太陽のような存在を屠る力を。


「消えて、くれ……」

 泣いて懇願しても握った手の温もりは消えてくれない。

 たとえ破壊の神として、魔神ラーズは消し去れたとしても、それ以上は何も出来ない。ただ気に入らないものだけを破壊する、それだけしか出来なかった。

 自分の無力さが空しくて空しくて、頭からテーブルに崩れ、突っ伏す。

 俺は何も出来ない。ただ形式的に女神達と同じ存在になっただけであり、神の威光によって何者かを導くことはできず、他人の気持ちも理解できていなかった。

「……は、ははっ。だめだめだな俺は」

 いつの間にか自分は自分を笑っていた。しかしどうしてか、この感覚が懐かしい。嘆くべき無力さであるのに胸に混み上がってくる熱い気持ちがある。


「そんなことないよ。クラッキーは私のできないことを簡単にできちゃうんだから」


 いつか、世界の狭間に置き去りにされた時の、俺を励ました言葉が聞こえる。そして今になってそれが、イーアスの言葉であったと気づいた。

「俺にできること……俺がしてきたこと……」

 幸か不幸か、破壊神である俺と運命神のイーアスは記憶を失い、その後に再び出会い、巡り会った。


「イーアス、俺は……」


「……へ? あれ、私は一体……」

 主であるヨクスが意識を取り戻して、きょろきょろと辺りを見渡す。

「ヨクス、聞いてくれ。これからのことについてだ」

 こちらの心構えとしてはイーアスが引っ込んですぐに気持ちは出来上がっていたが、一方のヨクスは一呼吸置いてから、何かを察して深刻な顔をしてみせる。

「俺は破壊神だと、確かに受け入れた。まだ神としてはどういった役割があるのかはわかってはいないが、はじめに確かに為さなければならないことは把握した」

 破壊神、もとい、クラッキーとして背負った役割ではじめに為すべきこと。

「前世の巡り合わせのようにイーアスを幸せにする。まずはそうすると決めた」

「……はい。私もクラッキーには幸せになってもらいたいです。私も……」

 ヨクスはイーアスの一部である以上、互いの気持ちは一致していた。

「ヨクス、本当の気持ちを教えてくれ」

 きっとドラマならここで固く手を握るんだろうが、イーアスの出現の可能性と、ヨクスの方から歩み寄ってもらうために我慢の時だ。

「昨日も今朝も、料理、美味しかった。それにこんな怪我人の手当ても嫌な顔せずにしてくれて助かってる」

「それは……当たり前のことです。目の前の困っている誰かに手を貸すなんて」

「……自分を消そうとする相手でもか?」

「消すなんて、そんな……」

 俺はわざと言い方にトゲを潜ませ、その狙った通りヨクスは興奮した様子を見せる。

「もう一度聞く。本当の気持ちを知りたい。これからどうしたいかを」


「そんなの……ずっとこのままがいいに決まってます」


「このまま、イーアスさんを蘇らせるための二人が揃わないまま、クラッキーのそばにいるだけ、それだけの日々がずっと続いてほしいって、それを望んでいますよ! でも……」


「それが本心なんだな? 豊穣神ヨクスとしての」

「私の……?」

 俺もヨクスのおかげで決心がつけられた。それは彼女のためにとか厚かましいものじゃあなくて、ほんのあと一歩だけ背中を押してもらってできた、正真正銘の俺の決心だ。

「イーアスはまだ存在している。完全には分離しきっていなかったんだ」

「え……ど、どういうことですか?」

「まだ意識体らしきものが……ギアピーネの中にあった。それも一部なのだろうが」

 仕方がなく、少しだけ嘘をついた。

「もちろん、イーアスの存在自体はヨクス達がいる限り共存できない。けど、転生を果たし、新たに生まれかわった俺は、俺達は別の運命を歩むことができる。きっとそうなるために転生をしたんだ」

 消えるのも、消えられるのもどれだけ辛いことか。自らの身を文字通り裂いたイーアスのことを聞いてハッキリとわかる。

「俺はイーアスもアーリンもギアピーネも、ヨクスも全員を幸せにすると決めた」

「え……」

 俺達が別れた過去を、間違ったものとして否定して、拒絶したりはしない。これからの新しい運命のための礎になるんだと。

「改めて……一緒になろう。ヨクス。必ず幸せにする」

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