襲ってくる孤独感
無言のアパートの一室で数十分が経って、耐えかねたようにホーネアが口を開く。
「あの、一通りクラッキーさんにまつわる伝承は明かすことができました。これ以上は私とフィルビスさんも尽くす力はありません。改めて今後のことを確認しておきましょう」
ホーネアの提案を受け入れることにする。進展の無いヨクスとの問題について固執してもしょうがないし。それにホーネア達も引き留めておく訳にもいかない。
「クラッキーさんは休養が終わり次第『人の依る標』で神界に来て、ピースプに所属をしていただくのですが……」
ホーネアが困ったように頬に手を添える。
「ヨクスさん、いかがいたしましょう」
ただ移動ができるだけでは駄目でその後の案内が必要らしく、その役目をヨクスに任せたかったのだが、そのヨクスと、俺との間の空気を察して恐る恐るそう尋ねてくる。
「なんだったら代わりの使いも寄越せる。明後日、怪我の具合も見るついでにどうするかを聞くことにするから、今日明日で考えていてください」
「俺が決めなくちゃあいけない……ですか?」
「……? 転生者とはまあ、特例ですし、一応出来る限り希望に沿うようにしますけど」
俺がそんなことを聞いてしまったからフィルビスは困惑していた。
そして返ってきた答えは、俺の希望に沿うと手厚く対応するとのことであったが、それはある意味、好き勝手が許されるという事で、俺のなんでもない関係からの、事務的なものに過ぎなかった。
もう少し興味を持って欲しい、とか構って欲しいなんて女々しいと自覚していた。
けど、突然背負わされた責務はまだ俺には重すぎた。
記憶の無かった俺であってもその頭の中に度々その姿がよぎるほど、それほどイーアスが好きなはずだ。何度となく迫ってきた女神達にもなびくことは無かったし、この気持ちは確かなものだと思っている。
それなのに、2度と現れはしない運命のパートナーであるのに、手を伸ばせず、掴めずにいる。3人の人格を消してしまうという責任を負いたくなかったからだ。
ただ1人を愛したいだけなのに、それに反して要求される重い覚悟にいざ直面してみて、腹痛がするほど不安であった。汗が止まらぬほど怖かった。
次に会う約束を交わして、フィルビスにホーネアは帰っていった。部屋には俺とヨクスの二人きりだ。
「お昼ご飯の支度をしますね」
すぐにヨクスも逃げるように台所に籠っていく。が、すかさず俺は声をかける。
「……X、そこにいるのか?」
「は、はい……?」
「こうか?」
「ひゃっ、あの……」
白くか弱い手を熱く握りしめてみる。はじめは顔を赤くしてうぶな反応を見せていたが、徐々に強張っていた肩の力が抜け始めて、倒れるように俺の胸元に顔を埋めてきた。
「よく聞け、X。いや、イーアス」
「……ぐす、クラッキー……ぐすん。イーアス、私はイーアスなの?」
いつまでの記憶が継続していたのか、すぐに泣き出してしまったX。泣いた顔を見たらまたズキリと心が痛くなる。だが。
「イーアスも記憶を失っているらしいが、俺のことはわかるのか?」
「クラッキーだよ、ね……? 破壊神の」
「……ああ、特異だからか?」
目にすればその素性が一目でわかるものだからあまりこの質問は意味が無かったか。
「ギアピーネとヨクス。二人のことは?」
「この体のこと?」
イーアスはじろじろと取り憑いていたヨクスの手を、その指先まで観察した。
その答え方からして、これまでの俺達の過ごした時間を二人の体を通し、俯瞰して見ていたというようなことは無さそうだ。
「イーアス、少し話がしたい」
転生を果たした俺と同じく、覚悟を持ってその魂を割いたイーアス。しかし、異常なその行動によって望んだ結果の通りにはならず、実体を持たぬ第4の人格が存在して、こうしてギアピーネからヨクスに移り変わっていた。そして困ったことに記憶も無い。
「う……うん。このまま?」
イーアスは手を握られたまま動けずにいた。
「ああ。離さないから」
どういう仕組みか知らないが、手を離せば逃げられてしまいそうであったから、何も考えずにそうするしかなかった。
「まずは落ち着いて聞いてほしい。イーアスは今、自分が望んで自分の手で肉体を失って、仮の体に取り憑いている状態だ」
「……この子は、誰?」
「イーアスのルーツ。あと二人いるが、その内の一人、豊穣神のヨクスだ」
豊穣神がいて、あと二人同等の存在がいると聞いて、イーアスには何か感じるものがあったようで、神妙な面持ちをする。
「何も誰かを手にかけた訳じゃあない。こうなると、必ず予想できたとも断言はできない。けど、こうして……確かにイーアスは微かだけど、一部が存在している」
イーアスが引き起こしたこの事態は、こうしてイーアス自身、その人格は残ってしまったままであって、どうやら望んだ結果にはならなかった。
その記憶は失われているものの、現在のこの事態を引き起こした責任の一端は彼女にある。
「俺に力を貸してほしい」




