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恐るべきX

 ぺろ。

 首筋にしっとりと柔らかいものが水音とともに這ってきた。

「……えへ。汗でしょっぱい、クラッキーの味がする」

 ヨクスらしからぬ、少々行き過ぎた悪戯だ。背中越しにクスクスと笑う声がする。

 舌でこうして奉仕されるのは初めてであったからしばらく放心してしまったが、様子のおかしなヨクスに危機を感じて、肩に置かれた手を無理矢理振りほどく。

 いざ対峙したヨクスの顔を見てみて、ある1つの既視感を抱いた。そしてそれはついさっきの言動によってより強くなる。

「ギアピーネ……の別人格……?」

 あのギアピーネが別人の如く豹変した時のように、顔はヨクスに違いないがそのニヤリと笑う口は共通した他の何者か、言うなればXの歪なものだ。

「クラッキー、なんで逃げるのぉ?」

 Xは実に表情豊かだ。普段眉間に皺を寄せ、背の高い俺を警戒するように睨みながら会話をしていたギアピーネは一転して媚びるような上目遣いとなった。

 ヨクスもいい意味で馴れ馴れしくなる。フィルビスに会ってみて、神に階級らしきものがあることは知ったが、特異でない者同士であったアーリンとギアピーネに心なしかヨクスは上から目線、というか、興味を示していなかった。それがXによると一転する。

 そしてXは共通して。

「まくらっ!」

「う……ああ……」

 ヨクスはさっき舌で舐めたように、ギアピーネはやたらと唾液を欲しがったりと、予想もしない行為に及ぶ。

 今は、何が琴線に触れたかベッドに転がっていた枕に飛び込み顔を埋める。俺はそれに対してうろたえた声しか出せない。

「おい……」

 Xに意識を完全に奪われたヨクスは土下座に似た姿勢で、俺の目を気にせず、むしろ見せびらかすように尻を向けてきてふりふり振ってきた。

「ん……すん、すん、ふひぃ……」

 胸の奥からそのまま出てきたような、熱い息遣いだ。表情はわからないが徐々に砕けて力の抜けていくヨクスの丸い尻を見ていればおおよそのことは察することができる。

「ヨクス」

 うら若い乙女の姿をしたヨクスの挑発するような姿勢と動きに、悪戯をしたくてたまらなかった。尻をひっぱたいたり、パン生地のようにこねくり回してやりたくなる。

 そんな気持ちでもどかしくてイライラしていた。そこをなんとか、自らも諌めるように語気を強めてヨクスの名を呼ぶ。

 俺の思いが通じたか、それとも静寂が不安になったのか俺の方をちらりと振り返って見てくる。

「あぅ……あわわ……」

 枕を側によけて、乱れた衣服を、尻を特に手で撫でて整えると決して取り返しはつかないがちょこんと、借りてきた猫のようにおとなしく座る。

「あっ」

 ヨクスは俺の視線に気づいて、よけておいた枕をひっくり返した。そう、濡れた面を隠すために。

「ヨクス、何してた?」

 俺はヨクスを責め立てるため、ではなく、あることを確かめたいがために意地悪に尋ねた。

「こ、これはたまたま顔を突っ込んでしまって……ですね」

「正直に言えばまだ許す」

 もちろん言い訳をしていることには変わらないが、ヨクス自身どこか戸惑っている。自分がこんなことをするなんて、と。

「申し訳ありません。気づいたら……いえ、つい、む、ムラッときてこうして……」

 よし。これぐらいでいい。

 顔を真っ赤にしてしまって、乙女には決して口にさせてはいけない言葉を言わせてまで、やはりわざとではないことは確かめられた。これ以上は立ち入る必要は無し。

 しかし、俺はきちんと話を聞かせてもらっているのを示すために顔を険しくしていた。それが余計な圧力をかけていたようだ。

「……枕も口にしました。全く興味が無かった訳ではなくて、でなければそうはしなかった、と」

「へ? ああ、いや、もう……」

 あのヨクスがぷるぷると震えて俯く。しゃんと伸びていた背筋も今は肩ごと縮こまっていてその姿は別人に見える。

「とりあえず、今日はもう休むよ。ヨクスも落ち着いて、支度しといてくれ」

 トイレは別に左手が空いていれば済ませられる。歯を磨くのも歯みがき粉を絞らなければこれも可能だ。

 俺はそれらをなるべくゆっくり済ませる。ヨクスを急かしているように思わせないために。

「後は下着以外着替えさせてもらうだけで……」

 洗面所からもといた部屋に決心して入る。ヨクスは。まあ『ロッカー』があるから軽装であることは当たり前か。

「悪い。着替えだけさせてくれ」

 指示を出して収納から着替えを出させて手助けも頼んで、着替えは済んだ。

「それじゃあヨクス。また明日」

 明日も大事な話があるんだ。特に俺はゆっくり休まなくては。

「あの……フィルビスさんから、一人きりにしてはいけない、との命令があって、私もここで……」

 確かにフィルビスは俺の神罰とやらが不安定だとは言っていた気がするが、こういうのはむしろ同姓のフィルビスが……いや、出会って間も無いのが側にいるのも。

 だとしても今のヨクスは……男の俺が身の危険を感じる。

 この一晩、あらゆる意味で耐えられるのか。

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