後光差す女神
俺が奥手なのはこれが原因だ。
善意のつもりが結果として誰かを不快にさせる。
空想だけで上手くいったためしがない。
「いっ……てぇ」
他所から見ていれば素晴らしいものだと感嘆しただろうが、お世辞にも長くもなく、痩せた脚であり、神器も効力を発揮していないその身一つの一蹴であったが、上手く一番力の入る箇所にその目一杯の力を込めてきた。
靴の先の固い部分が当たったので、つねられたように脇腹のところの皮膚は熱くなり、出血をしているように錯覚させた。
「うー……ギアピーネはもう来ない、か」
じわじわと痛みが引いていき、再びこの矮小な存在である人間ができる事を考えてみる。
去り際のギアピーネの態度からしてまたあの狭間まで行ったっきりになるというのは、極めて無謀だ。
あの瞬間のためにかなり時間がかかった。で、あるからその分その後の喪失感が深刻だった。自分自身にいらいらする。
また一からやり直し。次は誰がいつ来てくれるのかまた待つだけの日々を耐え忍ばなくてはならない。
「一区切り、かな」
どうせしばらくは来るはずもない。けど、ここにいることがせめてもの抵抗であり、見当もつかないほどたっぷりと時間はある。疲れきった俺は雲とともに流れる時間を、気持ちのいい晴天を眺めてただなにも考えずに過ごす。
帰ったら何しよう。まずはこの傷の様子を見て、これからひどくなるかも分からないし、必要ならどこかで湿布でも買うか。昼飯も用意しておかないと。
「なにしてんの? こんなとこで」
「……アーリン?」
落ち込み、気を抜きすぎて何者かが近づいていることに気がつかなかった。後光ではなく太陽を背負った女神はアーリンであった。
「大丈夫? なんか元気無いけど。うーん、家いってもよかったかな?」
突然のことだが、願っても無いことだ。当然快諾する。
頭の中でそうしろ、と無理矢理気持ちをつくる。
しかし怯えている。なされるがままにアーリンに寄り添えば楽ちんだとすっかりやる気が無くなっている。
「いいよ。行こう」
「ん」
ギアピーネに蹴り飛ばされた俺にとって差し出されたアーリンの温かい手はただただ気持ちがよかった。
そしてどちらが先導するとかでなく、初めて肩を並べて目的地である俺の家へと歩き出す。
「……アーリン。スカート」
歩き出して間もなく、恥ずかしかったのはこっちもだが、スカートをパンツに巻き込んでいたことを指摘した。
「えっ。うわわ……見た?」
「……全然見てないよ」
いざ見られたことに気がつくと、赤面し、すぐに一歩距離をとって手で撫でてスカートを整える。
桃色の縞柄のパンツが見えたが、本当にとても申し訳無い気分で興奮は無かった。
どうしてなのかは知らないが、急いで出かけたとかか。そんなはずもないか。
道中は自然と無言であった。何度か覗いてみたアーリンの顔はしきりにまばたきをする様子ばかりだ。
「んー……いいぞ」
数日使っていればすっかりコツが掴めてきて、手際よく立て付けの悪い玄関を開けられる。体はしんどかったが、きちんとアーリンと向き合うためにテーブルを挟んで座った。
「まずこれ。多分足りるはず」
何かが入った茶封筒をテーブルに置く。許可を得て中を見ると数枚の紙幣が入っている。家の修理費にあててくれとのことだった。足りはしないが、残った分はどうする、と相談しようとしたところ、それよりも大事な話があるとアーリンは言った。
「よし。私は嘘つくの苦手だからまずは言っとく。えーと、さっきギアピーネに会って、まあ、頼まれてここに来た」
「ギアピーネ、ギアピーネに会ったのか!?」
「はあ。仲直りしたかと思ったらまた喧嘩とはな。ギアピーネも仕方ないけど、クラッキーもホントに、なんかアレだなあ」
言葉にしてびしりと言い難い気持ちを、やれやれといった感じで俺とギアピーネのことを呆れて笑う態度で示した。
「な、なんだよ。ギアピーネに会ってるならさ。なにか、消えるとかなんとか言ってなかったか?」
ギアピーネがこうして頼み事をする、そんな仲になぜかなっていて、あの時の当事者でもあるアーリンならば事情は知っているはずだ。
「それも後、後!」
質問は叶わず、主導権のあるアーリンに引き続き耳を傾ける。
「私か、ギアピーネか、ヨクスか。誰を選ぶか答えて?」
「えっ? あー……」
ここでこの質問か。
アーリンのことだ。正直に答えよう。誰も好きではないと。
「『誰も好きじゃあない』でしょ。私達が何をどうしたって変わらないんだなー」
この感じ、俺の心を覗かれているようだ。あの子への想いを。
「好きな誰かがいる。それも、ずうっと待っている」
なんだ、これ。
いや落ち着け。俺はどうすればいいか考えろ。デタラメに言ってそれが当たったか。確かに恋愛について絞れば十分に考えられることだ。きっとそうだ。
「そりゃあ両思いで結ばれるのが1番いい。けどそれは……綺麗事、でしょ?」
綺麗事だったって、確かに俺は会いもしてなくて実感も無い。けどあの子は俺の中に何度も現れ、求めているように俺の名を呼んだ。
「番は1人と1人で1つ。人間が、他の誰かに取られたくなくてそうなった。それは認める。けど覚えてて。みんながみんな、譲り合いをしないってこと」




